カネなしで生きるという道!ぼくはお金を使わずに生きることにした

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ぼくはお金を使わずに生きることにした

お金のいらない社会を夢見る著者のマーク・ボイルが、みずから金銭を一切使わずに暮らした一年間を余すところなくつづっている。

カネなしで生きるという道

少なからぬ人が社会的環境破壊に心を痛め、それぞれに行動を起こす中で、茶者が選んだのは「カネなしで生きる」という道でした。現代社会の抱えるさまざまな問題の根っこにあるのは、自分たちの消費する者がどこでどのように生産されているのかを見えなくする「お金」の存在だ、と考えたからです。
けれども、著者は、カネなしという生活スタイルから想像されがちな「世捨て人」ではありません。日常のあらゆるシーンからお金のやりとりをなくしていく方法については、本書で詳細に語られています。その中でも需要な一つが「分かち合い(シェア)」です。必要な物を分かち合い、見返りを求めずに助け合うことをとおして、人間どしのきずなとコミュニティーの再生を目指しています。そのためには、インターネットも活用するし、マスコミにも積極的に登場して、カネなしの理念普及につとめているのです。

以下、印象的な文章、フレーズを抜粋しました。

まとめ&抜粋

■お金はもはや人間の仕える僕(しもべ)ではなく、人間がお金の僕になったのだ。

■無意識に行っている日常的な買い物は、ずいぶんと破壊的である。なぜか。ほとんどの人が、みずから生産する側に立たされることはおろか、そうした衝撃的な生産過程を目にすることもなければ、商品の生産者と顔を合わすこともない。

■銀行が誰かにお金を貸すたびに、地球とわれわれの子孫たちは同額の負債を抱え込まされているのだ。

■結局のところ、貨幣創造の過程においては「金持ちはさらに金持ちに、貧乏人はさらに貧乏人に」ならざるを得ない。銀行は、いくら客観的に見ても自分のものとは言えないお金を貸し付け、定期的に利子を得て、ローンが返済されなければ不動産を差し押さえる権利を保有する。いやはや、世の中はとんでもない、不公平なが存在するものだ。

■「今日われわれが消費している石油の量は、二百二十億人の奴隷の労働力に相当する。地球上のすべての人が、それぞれ三人強の奴隷を所有している計算だ」。

■「森林破壊の結果だけを見ても、毎年二〜五兆ドルに値する自然資本が失われている」。信用収縮によって金融業界が被った損失は一〜一、五兆ドルであって、自然資本の年間損失額のほうが大きいのだ

■何の見返りも期待せずに惜しみなく与えていれば、かならず人からも惜しみなく与えられる。与えては受け、受けては与えられる。有機的な流れだ。この魔法のダンスに、地球全体の生態系は基づいている。けれども、そのながれに乗るには、ひたすら信じる必要がある。必要な物は自然が与えてくれると信じることだ。これをキリスト教徒は「自分のまいた種を刈り取る」。仏教徒は「因果応報」。無神論者にも言わせれば「常識」だ。

感想

地球上の歴史で、ごく最近のこのわずかな間に一瞬にしてわたしたち人類はいかに「お金」に支配されているのか痛烈に考えさせられた。
特に、急激な経済成長によって地域コミュニティーは崩壊したともいえる。
そして、この本を読んで、人類は歴史の大きな転換点にいることを思い知らされる。文明の利器なのか、それとも自然環境なのか。選択を間違えれば、次の世代は両方とも失うかもしれない。

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