「暇と退屈の倫理学」を読めば貴方は退屈しなくなる。人は退屈から逃れるために、どれだけのことをしているのか?

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暇と退屈の倫理学

暇と退屈の問題点

・人間は退屈が嫌だから、賭け事をしたり、戦争をしたり、名誉職を求めたりする。
・人間は「部屋でじっとしていられないから」不幸になる。退屈は不幸の源泉。
・退屈は病。何かに熱中することによってその病を避けている。
・苦しみに耐えて生き延びることが生。苦しみたい欲望。
・退屈から逃れるためなら、不幸であっても良いので、リスクを伴う興奮を求める。

退屈の起源

・遊動生活では、新鮮な環境が大脳の無数の神経細胞を激しく刺激する。しかし定住生活を"強いられる"ようになると、探索能力を発揮する場面を失い、隙が増え、刺激が減った。
 つまり暇の起源は定住にある。定住することは未だ解決策が見つからない大きな課題である。

消費社会の問題

消費と浪費:
・消費とは、物を消費するのではない。意味や記号を消費しているのだ。つまり消費とは観念論的な行為だ。
・浪費とは、物の量や質が過剰であること(贅沢)で、ある時点で満足に至る。
・消費社会は、物が足りない社会だ。浪費することを我慢させられている。
・決して満足に至らない消費を促され、贅沢からは遠ざかっている。

第五章:ハイデッガーの退屈論

 来ない電車を待つことや、実りのない会議など。空虚放置。退屈の第一形式。
・退屈の第二形式。主体の際している状況そのものが暇つぶし。パーティーなど。
・暇ではないが退屈している退屈の第二形式は、ファイトクラブにもあてはまる。そして我々の生活にも大いに関連する。
”本当に恐ろしいのは、(第三形式の)「なんとなく退屈だ」という声を聞き続けること”
”私たちが日常の仕事の奴隷になるのは。「なんとなく退屈だ」という深い退屈から逃げるためだ”

第六章:ハイデッガーを批判するヒント

 環世界:
・動物は、何かのシグナルを受け取って、衝動的に行動の停止と停止解除を繰り返しているだけ。とらわれの状態にあるから退屈しない。
・忙しく働いている人が喫煙する時、時間の早さは極端に変化する。しかし煙草の煙にとりさらわれ続けることは難しい。
・”人間は環世界を相当な自由度をもって移動できるから退屈するのである。”

暇と退屈の倫理学

・新しい環境は考えることを強いる。考えることで習慣を創造し、考えるという複雑な過程から解放される。
・人は考えないために習慣(=盾)を創りだし、環世界を獲得した。しかし新しい要素が「不法侵入」してきたとき、対応するために考えなければならない。
・環世界を破壊する「不法侵入」を受け取り、考え、そして新しい環世界を創造することが出来る。この環世界の創造が、他の人々にも大きな影響を与えるような営みになることもしばしばである。

結論

・「贅沢を取り戻せ」これは三つあるうちの一つの結論だが、通読しないとこの意味はわからないだろう。ここでの結論は、筆者も言うように「通読せよ」と言うしかない。

感想

 この手のテーマにありがちな、絶望的な結論、あるいはモヤっとした結論で終わることを恐れながらも、結局は「暇」だから読んでしまった。
 暇や退屈がなぜ人を苦しめるのかが分かり、我々はどうすればよいのかが明確に書かれている。なんとも格好良い結論に感動した。
 途中までは哲学的な本という印象だったが、読了すると、なるほどこれこそが倫理学なんだな。と思わされる。
 私は、退屈から解放される方法と、どう生きるべきかをこの本から学んだ。

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