ナニカアルの書評・感想

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ナニカアル

本書は、なかなか面白い設定の作品です。まず本書の設定の説明をしましょう。
プロローグで、林芙美子の姪であり、かつて林芙美子の夫だった緑敏と結婚した房江という人物が出てきます。すでに芙美子は亡くなっており、夫だった緑敏も故人です。房江は緑敏の遺言で、緑敏が描いた絵はすべて焼却するように、と言われるのですが、房江はその絵の額の裏から、芙美子の原稿を発見したのでした。そこで、生前芙美子と親交のあった黒川某という人物に、この原稿についてどうしたらいいだろうかと問い合わせる、というのがプロローグの内容です。
で、本書は、その『林芙美子が遺したという原稿』が本編になっています。もちろん林芙美子の未発表原稿が発見された、というような事実はないでしょうから、林芙美子が遺した原稿という設定の小説を桐野夏生が書いた、ということですね。
舞台は戦時中の昭和17年。当時流行作家たちは、戦争の素晴らしさについて喧伝するために、陸軍などによって戦地へと送られ、陸軍の意向に沿った文章を書かされるようになっていました。林芙美子はかつて、女流作家ながら「漢口一番乗り」をやってのけたある意味で有名人であり、戦局が激しくなってまた戦地へと送られることになったわけです。
病院船に偽装しているとはいえ、いつ潜水艦に撃沈されるかも分からない命がけの渡航で南方へと向かった芙美子には、一つの希望がありました。それは、かねてより交際(芙美子にも相手にも結婚相手がいたので共に不倫ということになりますが)していた斉藤謙太郎という新聞記者と会えるのではないか、という期待です。
ある時から芙美子の担当になった謙太郎は、初めこそ女流作家を見下すような態度だったのだけど、すぐに二人は打ち解け体を合わせるようになります。英語の出来る謙太郎は外国へと行かされることが多く、なかなか会えない日々が続いたのだけど、電報をやり取りすることでなんとか繋がりを感じられたわけです。
南方では、どこで戦争が行われているのだろうと思うほど平和な日常を過ごすことになります。芙美子は他の作家と比べてあちこちに移動させられることになったのだけど、それでも物資の少ない内地よりも全然豊かな生活をすることが出来る。もちろん戦時中であり、嫌なことや不快なこともたくさんあるのだけど。
謙太郎との束の間の逢瀬に心躍るも、やがて疑心暗鬼に囚われるようになっていきます。戦争に翻弄された、林芙美子といういう一人の女を描いた作品です。

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  • 桐野夏生

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