道徳教育はホントに道徳的?「世界にたった一つだけの花」を目指す人たちなど

4120viewsはにほーはにほー

このエントリーをはてなブックマークに追加
道徳教育はホントに道徳的か?: 「生きづらさ」の背景を探る (どう考える?ニッポンの教育問題) (どう考える?ニッポンの教育問題)

学校教育批判よりもその背後にある「市場モラル」批判を目的とした作品

学校教育は当然批判対象になっていますが、
どちらかというと、なぜ学校の道徳教育はこんなに抑圧的なのか、という原因として市場モラルの影響力があまりに強すぎるのではないか、という指摘がなされている。

「他人から求められるよう自分を偽ってでも周囲に媚びろ」
「他人から攻撃されないように気をつけろ」

そんなメッセージに溢れかえる道徳教育は
なぜ、いつから、どのような理由で行われているのかを考える本。

個性を伸ばすとか言っておきながら実態は自己の抑圧を教えるだけの学校道徳教育

命の大切さを教えようとして「命は大切だと思いました」といった感想文を書くように仕向ける道徳教育では、子供たちに「自分を承認してもらうために巧みに偽装された感想文を書きなさい」と教えているに過ぎない。

(これ、就職活動でも同じですよね。日本では大学生になってもなお、自己分析をした挙句に自分を偽るように求められてるのだろうか…そこまでして社会はどんな人材を求めてると言うのだろうか)

自己コントロールの檻

「うれしいですではなく、うれしいと思います、という時、うれしいという感情は思考のコントロール下にあります」そのくらいこの社会では、感情を率直に表現するのがためらわれるようなのです。

「世界にたった一つだけの花」を目指す人たち

一方、テレビ・ネットによる教育効果は「市場モラル」をベースとしていて
一見自由を擁護し、楽な生き方ができるように見えるため受け入れられやすい。
特にネットは、広大なスペースを前提としているから
個々人が「自分の責任で」自由に人と関わることができるというのが前提だった。

ところがこうした感覚を現実に持ち込むと、
非常に狭いスペースで個々人が自由を主張し合うことになり
結果としてみんなが窮屈な想いをすることになる。

その窮屈な想いを発散しようとするのか、
ネットやテレビでは馬鹿まるだしで無責任な振る舞いをする人間が増え
その反動で、ネットでもルールの強化や抑圧が唱えられるようになっていき、
結局ネットも窮屈になっていく。

あるいはリアルの窮屈な関係をそのままネットに持ち込むと、
そのまんま窮屈な関係になる。
さらにネットは事実上24時間接続可能だから休む隙がない。

周りからさまざまなルールを強要され、友人との間もしがらみだらけ。
求めていた自由はリアルでもネットでもどこにもない。
次第に疲れてきて、みんな自分を持ち交流できる「個人」ではなく
だれとも深くかかわらず自分の世界に拘らない「孤人」を目指すようになる。

世界にたった一つの花に憧れるひとたちというのは、
みんなに認められる、というよりも孤絶して
それでも生きていける世界を求めているだけなのかも知れない。

善悪のグレーゾーンがない人達

ルールの厳密化が進み過ぎると、
自分で善悪を判断するということができなくなる。
結果として、機械的に善悪が判断され、
しかも悪というだけで一切許容できなくなってしまう。

これと、個人が孤立していき、
すぐに敵味方でしか他人判断できなくなっている状況が組み合わさると、
ささいなことでも「正義と悪」の争いになってしまう。

自分を正義と信じる人達は、みしらぬ他人に罵詈雑言をはき、自らを省みなくなる。
見境なく争いをおこし、憎悪をまき散らして、その反撃に憎悪を受けるという不毛な状態を過ごすことになる。
これは極めて幼稚で脆弱な善悪感によるもの。
(個人的には承認欲求とかもあると思うんだけども)

深く潜行する暴力

相手や場に合わせて自分の言葉や感情をきちんと管理する。
それい自体はとても大事なことだが、それを過剰に求める。
そして、それに反した瞬間、対応しきれず脱落した途端に
ワッとたかっていじめを行う。
この潜在的な暴力によって、お互いが相互監視、相互抑止の状態になっている。
そしてその閉塞感については、時々登場する生贄によって「俺はまともだ」という自己イメージを供給することで報酬を支払う。
ネット炎上程度ならいいけれど、この過剰な抑圧が
現実の被害に結びつくことは大いにありうる。とても危険な状態。

自分らしさや自尊感情をどこでどうやって得ればいいのかわからない人たち

常に自己偽装を強いられている限り
他者からの承認をいくら得ても、自尊感情は得られない。
でも、twitterやSNSで自分らしさを出すのは危険で結局無理。
mixiは閉鎖的すぎて息苦しい。
仕事で自己実現(笑)を求めようにも就職難。

コレについては決定的な答えがあるわけじゃないけれど、
とりあえず自分ができること、好きな事を頑張って
何らか目の前の壁を突破するしかないような気がする。
最近ノマドなるキーワードが流行るのも、「誰にも頼れない。一人で壁を突き破ねば」という悲壮感みたいなのの裏返しなのだろうか。

関連まとめ

本のまとめカテゴリー


コメントを書く