人質の朗読会の書評・感想

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人質の朗読会

本書には、9編の連作ではない短編が収録されているのですが、それぞれにはある共通点があります。
それは、人質が朗読している物語だ、ということです
日本の裏側で起こったとある誘拐事件。犯人グループと人質全員が死亡するという形で終結を見
その後、アジトを盗聴していた特殊部隊が、作戦に無関係な部分だけを限定的に公開した。それは、人質たちがそれぞれ、自らの人生に起こった出来事を語り合った記録だった。本書には、それが収録されている

「杖」
私の家の前には、鉄工所があった。私はその鉄工所を見ているのが好きで、チョークで地面に何かを書いているフリをしながら、何かを破壊しているようにしか見えないその鉄工所の様子を観察していた。
ある時公園で、一番下っ端らしい鉄工所の工員さんを見かけた。何故かブランコに座っていた。聞くと、ブランコに乗っている時にちょっと怪我をしたらしい。私はどうにか、杖代わりになるものを探してこようとするが…

「やまびこビスケット」
その家の家賃が安いのは、大家さんが嫌われ者だからだ。お金にうるさく、家賃の取り立ては厳しい。また、整理整頓がモットーのようで、ほんの些細なことでもガヤガヤと言われてしまう。私はそんな部屋に住んでいた。
やまびこビスケットという、地味なビスケットを作る会社で不良品を取り分ける仕事をしていた私は、いつしか、要らなくなった不良品を大家さんのところに持っていくようになった。アルファベットの形をしたビスケットを並べ、一緒にそれを食べる。

「B談話室」
私立大学の出版局で校閲の仕事をしていた僕は、ある時ほんの偶然から、公民館のB談話室に入ることになった。受付に、美人の女性がいたというのも理由の一つだ。その日B談話室では、危機言語を救う友の会が開かれていた。世界中の、絶滅寸前の言語を喋る人が、お互いにその言語を語り合う、というものだ。成り行きで入り込んだ僕は、自分に順番が回ってきたことに驚きつつも、はったりででっちあげの危機言語を生み出してその日を乗り切った。
それから僕は何度かB談話室に入り、入るまで何が行われているのか分からないその場を、どうにかやり過ごすようになっていった。

「冬眠中のヤマネ」
学校に向かう途中に、その老人はいた。露天で人形を売っているのだとほどなく知れたが、並べてある人形が普通ではなかった。食べこぼしがあったり汗染みがあったりするような生地を使い、しかも油虫・オオアリクイ・百足など、およそ人形にするには適切ではないモチーフのものばかりがあった。
僕は何故かその老人に話しかけていた。その老人は、左目が駄目になってしまっていた。置かれている人形もすべて、片目しかない。

「コンソメスープ名人」
その日何故か、母が僕を置いて出かけていった。誰か訪ねて来ても返事をしてもいけないし、ドアも開けてはいけないよ、と言われていたのだけど、隣の家の娘さんがやってきた時、僕はその約束をすんなりと破ってしまっていた。
台所を少しの間貸して欲しい、と隣の家の娘さんは言った。祖母がもう、私の作ったコンソメスープしか飲まないのだけど、台所のガスレンジが壊れて困っているのだ、と。

「槍投げの青年」
その日は、いつも通りの一日になるはずだった。長い長い荷物を持った青年が電車に乗ってくるまでは。
混雑した電車にその長い荷物を入れるのは大変そうだった。私は頼まれたわけでもなく、その青年が電車を降りる手助けをしてあげ、会社に向かわなくてはならないのを、そのまま青年の跡をつけることにしたのだ。
青年は住宅地の中の競技場に向かった。青年が持っていた荷物は、槍だった。

「死んだおばあさん」
バッティングセンターでハンサムな男性から、あなたは僕の死んだおばあさんに似ている、と声を掛けられる。それから何度かその青年とは話をした。
それから私の人生には、自分の死んだおばあさんに似ている、と話しかけてくる人が度々あった。そのどれ一つとして、見た目や正確に似ているものはなかった。唯一、既にもう死んでいるという点だけが共通していた。

「花束」
男性用スーツ販売店でのアルバイトの契約が終了したその日、僕の唯一の担当と言っていい顔なじみのお客さんである葬儀典礼会館の営業課長さんから花束を受け取った。僕はその花束を持て余しながら、家まで歩いて帰っている。
その営業課長さんの仕事は、死者のための新品のスーツを用意しておくことだった。この地方の慣習らしい。

「ハキリアリ」
この話だけ例外で、人質と犯人グループの話を盗聴していた特殊部隊の隊員による回顧録。
私が初めて外国人に会ったのは7歳の頃で、それは日本人だった。音信のない父のことを諦め切れない母と、既にその存在をないものとして新しい生活に切り替えている祖母、そして弟と妹との暮らしだった。
その日三人の日本人は我が家に、ラジオを借りに来た。ハキリアリの研究者だそうだ。

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