復活の地 1の書評・感想

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復活の地 1 (ハヤカワ文庫 JA)

セイオ・ランカベリーという男がいる。本作の実質的な主人公だ。震災に見舞われた街を、周囲の膨大な軋轢を生みながらも、自らの信念に沿ってそれを曲げることなく、あらゆる人に憎まれながらもあらゆる人を助ける。そういう男だ。
スミルという皇室の血筋で、摂政となった女性に、何を守ろうとしているかと問われ、弱き者をと答えたセイオ。その答えが、嘘偽りでも、傲慢でも高邁でもなく、セイオの本心であり、行動の原点であり、また憎しみの頂点でもあるという男。僕は、セイオという男に惚れこんで、本作を読みとおしたと言ってもいいかもしれない。

『「悔しくないんですか!」
「おれの悔しさなんかどうでもいい。泥を舐めてでも仕事をするのが公僕だ」』

公僕というのはまあ役人ということだろうけど、僕の中での役人のイメージというのは、『誰かのため』というものとはほど遠いところにある。もちろん、気持ちではそう思っている人もいるのかもしれない。しかし、役人というのは、彼ら自身ではどうにもすることのできない様々な規則に縛られ、それに飲み込まれていく内に、いつしか、『誰かのため』ではなく、『規則のため』に仕事をするようになってしまう。僕にとっての印象はそうしたものだ。
本作でも多くの役人が出てくるが、大半がイメージ通りの役人である。
硬直している。
筋を通す、規則を遵守する、越権しない、たらいまわしにする、判断しない。そうした、役人らしさのこびりついた人間が大勢出てくる。
その中にあってセイオは、まるで違う働きをする。役人らしさとはほど遠い思想で判断・行動をする。それは、役人らしさの染み付いた、もっと言えば『誰かのため』に最善に動くことを忘れてしまった世界では様々な軋轢を生むのだが、僕には、セイオのやり方というか在り方というか、そうしたものが悉く正しく見えてしまう。いや、僕は正しいと思うのだ。

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