出版文化に寄与した「布川角左衛門」について

2232viewswakkyhrwakkyhr

このエントリーをはてなブックマークに追加
出版のこころ―布川角左衛門の遺業

 本書は、戦前から岩波書店に勤務し、定年退職後は出版教育を推進したり、ちくま書房の管財人を勤めたり、栗田書店の社長業を務めたりと、出版文化に多く寄与した布川角左衛門について迫った本である

 大まかに本書の構成をまとめると

第一章では布川の略歴
第二章では出版業界での活躍と業績
第三章で出版・編集教育への関わり
第四章で出版・編集教育の具体的内容の説明
第五章でついに果たせなかった布川の悲願「出版資料館」の建設について
終章で布川の人間に改めて迫っている

 布川は、編集者出身なのもあって、「「本を作る者」としていかにして出版文化を普及し残していくか」に奔走した人生であったと本書を読み終わって思った

 本書で印象的だったのが、「布川が本を商品としても捉えていたこと」であり、「文化的側面を持ちながらも、商品として売れるような本作りを志向していたこと」である

 僕の勝手なイメージだけど、現状の出版というと「自分の好きなように作る」か「商品としてとにかく売れるようなモノを作る」のどちらかに偏ってしまうのかなあ、なんて思っていたんだけど、布川はそのどちらでもなくバランスのとれた考えをしていた

 布川が筑摩書房の管財人になったときのインタビューが本文で引用されている
 曰く管財人になるときに5つのことを考えたらしい
 要約すると

「第一に社の伝統の尊重、第二に社員を大切にする、第三に採算を重視する(細心の原価計算をする)第四は現実主義(現実を超越せず賢明・誠実に対処する)、第五に著者、読者、業者の信頼を失わないこと」

 特に第三と第四
 この言葉を何十年も編集職を務めあげた人間が言っているということが重要だ

 きっと今でも原則は変わらないであろうが、それがなかなか多品種少量生産であったり、本が変に権威的で職人的な商品(市場性を受け入れにくくなってしまったという点で)になってしまったことが、現在でも他業種より上手くいきにくい理由なのかも、とも思った

 また、その他に本書で印象的だった点が2つあって、1つは「布川が「出版倫理綱領」の策定をしていること」、2つめは「布川が手掛けた出版教育について」

 まず、1つめ「布川が「出版倫理綱領」の策定をしていること」について

 すったもんだの挙句、結局、制定されてしまった「東京都青少年の健全な育成に関する条例」の改正
 (僕はこの条例に関しては大反対だったのだけど、そのことについてはこちらの記事を)
 これはつまり「出版に関するゾーニングを推進しよう」という条例なんだけど、運用次第では憲法にある「表現の自由」に抵触するとして、業界からももう反発があった

 だが、本書によると、このような政府側による出版物の規制の声は過去幾度となく繰り返されてきたのだ
 しかも、その周期は5,6年という短い期間であり、昭和37,8年の頃にはこの条例(上述のはこの条例の改正案)が可決されようとしていたのだ
 しかし、布川達の尽力により、出版界の自主規制団体が発足し、外部による規制から当時の出版界は免れることができた
 (上述に「改正」とあるように残念ながら本案は昭和39年には制定された。が、布川が運用側に出版界を代表する一人として参加している)

 その時、布川は「出版の自由を守るためには外部団体からの規制を受けないこと」と言っている
 まさに、現代に通じる至言ではないか!

 出版という業は、原子力開発などとは全く違って、少なくとも科学的には個人に対する悪影響は認められていない
 (特に規制の対象になる「不健全図書」は!)
 それなのに外部団体(しかも強制力のある)による規制は、「表現の自由」を妨げる要因になりかねない、という感覚は全うなものだと思うし、だからこそどう運用するかが重要であり、そのために運用側に布川は参画していたのだろう

 次、二つめは「布川が手掛けた出版教育について」

 布川は定年後、出版に関するいくつかの功績を成し遂げたが、その内の一つが出版教育の充実であった
 布川は出版教育の充実を気にかけており、体系的に出版者を育てる必要性を説いていた
 その思いを実践するために、例えば東京女子大学同窓会の「夏季出版講習会」での講演や通信教育を手掛けている

 その中で気になったのは、布川が「校正」の重要性を説いていることである

 僕は校正というと、「出版前の最後の仕上げであり、重要ではあるがウェイトはそんなに高くないものである」と勝手に考えていた

 ところが、布川は「校正は重要である」と言っている
 校正は、原稿に直しを入れるだけの簡単な仕事ではなく、著者の考えを読みとり、間接的ながらも正確なコミュケーションが必要とされる難しい仕事であるというのだ
 

 出版という仕事は企画から始まり、編集、校正、造本が組み合わさってようやく本を作成することができる
 そう考えると、どの仕事もおろそかにできないのだ

 現在ではインターネットの普及により、正確性よりもスピードが重視される傾向があるようだが、少なくとも布川は、もし生きていればそのような流れに対して「NO」と言っていただろう
 「本」は情報内容としても、本という形態としても、10年20年、いやもっと100年200年もの長い間、読むことができなければいけない
 布川はそういう考えの人なのだ

 インターネットがまだ存在する前なので、現在とは全く状況が違うが、もしこれから「情報取得手段として電子書籍・ブログ」と「モノとして愛着を感じさせる本」という両極端に出版業界が向かって行くとすれば
(僕はそう思っている)
 特にこの後者の方向において布川の思想は大いに活かされて然るべきではないか

 本書は、出版の近代史を考えるのに非常に参考にある本であった

 そのほか、布川の功績として布川文庫の収集と日本出版百年史年表がある
 これも時間があれば見てみたい

関連まとめ

本のまとめカテゴリー


コメントを書く