SNS疲れした人に実践してほしいつながらない生活の方法

5720viewskawacyankawacyan

このエントリーをはてなブックマークに追加
つながらない生活 ― 「ネット世間」との距離のとり方

SNS疲れやネットとの距離感を失う現代病「つながり過剰」を考えるための本

プラトンからマクルーハンまで、歴史上の7人の賢者の考えと対照させながら、人と「つながる」という古くて新しい問題を紐解いていき、「適度な距離感」とは何かを考えさせる一冊。

現代人は「巨大な部屋」にいる

巨大な部屋とは、今日のSNSやツイッターなどのように、絶えずインターネットでつながっている社会に置かれた人々の状態を暗示的に表現した言葉。この”部屋”の中で我々は、無数の人々からトントンと肩を叩かれたり、返答を求られたりする。

忙しい!とにかく忙しい!

・もはや連絡を「取り合う」のではなく、「絶やさずにいる」ことが目的になっている現代社会:人気者の現代的定義

母との電話を「切った後」に訪れた幸福

・「つながりは善、つながらないのは悪」という「デジタル教」とでも呼ぶべき新興宗教のような思想が、創造、深み、超越を実現する手段へと早変わりするためには、私が母に電話をした後に経験したような「間」が大切な触媒として必要である。

携帯電話が使えなくなって気づいたこと

・水の中に携帯電話を落としてしまい使えない状況の中で、見聞きできない心の中の感情、微妙な気づきを感じた。
・「一人でいるのに耐えられない人は、大人としての自覚がないのです。」(『ベスト・フレンド〜新しい自分との出会い』ミルドレッド・ニューマン&バーナード・ベルコビッツ著 本明寛、織田正美訳 実業之日本社)
・「〈孤立〉は一人でいることの苦痛を、〈孤独〉はその歓喜を表す」(パウル・ティリッヒ)
・つながり度合いが増していくにつれ、私たちの考えは外界へ外界へと向いていく。自分や身の回りの出来事よりも、賑やかな「離れた世界」で何が起きているかに気を取られるようになる。
・「家族が消える魔法」:携帯電話の着信音やバイブで家族が部屋から離散していく状態

なぜ「メール禁止デー」はうまくいかないか

・IT企業が盛んに試みようとした「メール禁止デー」は、仕事のやり方を健全化するという貴重な目標を掲げている反面、共通の根本的な欠陥を抱えている。
 →人間の内面に関わる問題に外面的な答えをみつけようとしている点
・「コンピュータの電源を切りましょう。携帯電話の電源も切って、周囲に溢れる人間らしさを発見したいものです。」(Google会長兼CEOエリック・シュミット)
 →スクリーンに向かってばかりいると、経験の「深み」が失われる。
・つながっているときとつながっていないときの経験が共にほどよく得られ、両方が相互作用を及ぼすとき、一層豊かな人間性を増すことができる。

適度に「つながらない」ための7人の知恵

①プラトン:「ほどよい距離」の見つけ方
 →「慌ただしい世の中で深みと充足を得るには、まず人混みから離れることだ」(『パイドロス』)
②セネカ:喧騒の中で自分の内面と向き合う方法
 →手紙を書くこと
③グーテンベルク:黙読の勧め
 →ネットにつながったままだと様々な邪魔が入るということの喩え。
④シェイクスピア:古き良き道具「手帳」の勧め
 →手帳は押し寄せてくる膨大な情報を、押し戻す役割
⑤フランクリン:「前向きな儀式」
 →「これをすれば自分が変わる」という前向きな目標を。(例)「平穏な時間」
⑥ソロー:内面を大切にする場所
 →物理的な隔たり(距離)ではなく、思考的な隔たり(哲学)する場所
⑦マクルーハン:地球村から自分村へ
 →身近な出来事への興味関心

インターネット安息日(筆者の体験)

・週に2日、家の中のモデム電源を切る。初めは色々問題があったが、次第にその生活に慣れていく。
・誰かと一緒にいるときに、一緒にいるが適度に離れた状態の中で一人の状態を理解する。(乳児の事例、ウイニコットの研究成果)
 →一人でいられる能力の獲得。適度な距離感の理解。

関連まとめ

本のまとめカテゴリー


コメントを書く