猪木寛至自伝からプロレスのポイント紹介!

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猪木寛至自伝

力道山

p.72
力道山がスターになったのは、人間が持っている怒りという感情、それを空手チョップで表現することにあったと思う。それも中途半端なものではなく、物凄い怒りとともに腰から叩き込んでいく空手チョップだ。
力道山のプロレスとは怨念のプロレスだった。
朝鮮人であるということで差別され、苦労したことが、あの空手チョップを産み出したのではないか。

プロレスとは

p.73
プロレスとは強ければいい、勝てばいいというだけのものではない。見に来てくれた観客を感動させて帰さなければ、プロとは言えない。技の攻防の中で何かが表現され、それを観客が受け取る。言うは易しだが、これほど難しいことはない。

p.126
誤解を怖れずに言えば、プロレスはセックスに非常によく似ている。体を通して互いに刺激し合い、相手の反応を見ながら次の手を打つ。相手もまた様々な技術で応酬してくる。

芸術性

p.127
役者は自分ではない何かを演じているのだが、ある瞬間に、完全にその役に成りきることが出来る。自分とその役が重なる瞬間。その瞬間を見ることで、人は感動するのだと思う。
その頃考えていたのは、真剣勝負に芸術性を持たせるにはどうしたらいいか、というようなことだった。

p.152
強いのは大前提だが、プロフェッショナルな格闘技はそれだけでは駄目で、どこか芸術的でありたい。技の一つ一つに美しさがあれば、観客を酔わせることが出来る。

本当の強さ

p.128
例えば堅い棒と棒の先を合わせて押してやると、まっすぐに押せる。しかし、先端が尖った細い竹を相手に、同じように押してみると、うまく押せず、向こうの先端がしなって横に外されてしまうだろう。
格闘技におけるしなやかさも同じで、しなやかな相手と闘うと、こちらが押してもすっと外されてしまうのだ。そのときは、まるで力が吸い取られるように感じる。

p.156
異種格闘技で様々な選手と闘っていくうちに、力の抜き方を覚えたのだと思う。力を抜くことによって、相手のエネルギーを奪うことが出来る。堅い物なら簡単に掴めるが、蒟蒻だと力だけではうまく掴めない。そういうコツのようなものーーー専門的に言えば「身体意識」というものが、自然に身についたのである。
だから格闘技の強さとは、身体の大きさや物理的な力だけでは計れないということだ。昔の剣術家や柔術家が持っていた「力」にこそ、本当の強さが秘められているのだ。

プロレスの四本の柱

pp.200-201
私はまず、「プロレスとは、選ばれた人間同士が、鍛えに鍛え、闘いを通じて大衆を酔わせ、感動させるスポーツなのだ」と説明し、私流のプロレスの定義である「プロレスの四本の柱」について語った。
まず最初は受け身。プロフェッショナルになれば、毎日試合をしなければいけない。だから、どんな状況においても大きなダメージを受けないために、受け身は絶対必要だ。そしてもう一つ、プロは観客を満足させる義務を負う。優れた受け身の技術は、相手の技をより美しく見せる。観客は美しい技の攻防に興奮するのである。
二番目に攻撃。力強い攻撃は観客に勇気を与える。ソ連の選手はオリンピックで金メダルを独占するぐらい強いのだから、問題ないだろう。逆に私の方が学ばなければならないかもしれない。しかしプロである以上、相手を怪我させてはいけない。
三番目は感性と表現力。いくらレスリングの技術があっても、それだけでは一流のプロレスラーにはなれない。プロに一番重要なことは、この感性と表現力だ。自分自身の怒りや苦悩、そして感動を観客にどう伝えるのか。それが出来たとき、観客は素晴らしい満足を得る。
そして四番目は信頼ということだ。例えば相手が投げにきた。それを受けるのに、故意に首から落とされたらどうなるか。相手に攻めるチャンスを与えたのに、腕を折られたらどうなる?鍛え上げたプロだからこそ、ギリギリの線で戦わなければなrない。それには相手を信頼することが絶対に必要なのだ。どんなに強くても一人では試合にならないのだから。
「国家の代表として闘うオリンピックなどと違って、プロレスはレスラー個人の闘いだ。この四本の柱を理解すれば、一万人でも二万人でも、大観衆を自分の手の上の乗せることが出来る。お客さんに感動を与えることが出来る。そのときの満足感というものは、例えようもないほど素晴らしい。ハラショーだ!」

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