今の日本の「そもそも」を疑うための論考

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なぜ日本は変われないのか 日本型民主主義の構造

今の日本の「そもそも」を疑うための論考としてオススメ

 「地方からの変革」「政権交代」このような考え方では日本は変われないのか。

第1章:「民主的」か「非民主的」からを超えて

◇政治学者R・ゲイルは、通常、人が「全体主義」と規定する状態を「官憲主義」と「全体主義」に分け、この二つは両極端をなし、互いに相対立する二概念であって、いわば、人間のもつ政治制度の二つの極限を示すものだという。
そして、現在ではこの二つを一括して「民主主義」と対置するため、逆にその実態が見えなくなっているという。

◇官憲主義とは、政治に関係なき限り、すべでの自由が保障される主義である。言論・表現・信教・職業選択・居住・営業・スポーツ・鑑賞・レジャー等々の一切の自由は保障され、同時に財産権・相続権をはじめとする諸権利も保障される。
ただし、国民のすべては非政治的存在として、絶対に政治に容喙(ようかい)してはならない。そして政治は、一定の後任の視覚をもつ集団に委任されねばならないという思想である。(現在の日本)

◇全体主義とは、すべての人間は政治的存在と規定される。「私は政治に関係ない」ということは許されない。それは究極的には一国民全体を一政治思想で統括し、すべての対象は政治的評価の下にあり、その評価の範囲外に存在するものは皆無であるとされる。
したがって、「私の発言は政治的発言ではない」という言葉は存在せず、「私の行為は非政治的行為である」という抗弁は許されない。ひとことで言えば、その人間の脳細胞の一つ一つが、政治的評価の対象とされる社会およびその社会を支えている思想である。

第2章:「天皇機関説排撃運動」に見る歴史の繰り返し

◇天皇機関説とは、ピラミッド型天皇制官僚による統治機構を正当化する理論=典型的な体制側の理論ということになる。ここに、明治以来の日本のあらゆる矛盾が吹き出している。機関説は、単なる政争や派閥争いの手段であったとは思えない。

◇機関説反撃派の背後にあるのは、これの半世紀前に、いずれはこのような問題が出てくると予告した、穂積八束(ほずみやつか)氏の文章がある。氏は条約改正のため近代国家らしい外形を整えようと、自国の伝統を無視して西欧の「法」を輸入して施行しようとしながら、一方では伝統的道徳を強調維持しようとする政府に警告している。しかし、当時は拙速な外国の模倣に危機感を抱くことすらなかった。この状態は、第二次大戦後の「民主化」時代と通ずるものがあり、機関説問題の根本はここにあると私(山本七平)は思う。

第3章:一五年周期で循環する日本人の政治意識

◇「新しい総政治化への胎動」→「政治的関心が高まる」→「非政治化する」この周期が13〜15年でやってくる。この循環は、実は明示・大正時代にもあり、「歴史的意識および歴史的現在という意識なき世界の、疑似歴史的意識に基づく運動」と考えている。

◇民衆の伝統的意識を培うものは、祭儀である祝祭日である。日本における伝統的代表的な祝祭日には、歴史の一事件を素材にした全民族的な祝祭日は存在しない。
 →ユダヤ的・キリスト教的伝統行事:最古のものは二千五百年を超える過越節(パスカ)であり、次がクリスマスではないか。=歴史的事実と現在形で対面する「歴史的現在」という意識

◇日本では、明治維新で前の歴史を消し、戦後にまた戦前の歴史教科書を抹殺してしまった。このようなことは、ユダヤ・キリスト教的圏では絶対に起こらない。
 →終戦時と60年安保と現時点によく表れている。その瞬間に過去を再構成し、それに基づいて未来を規定し、その「前世」「後世」の間に自らを置いて、また新しい総政治化へと進み出すという回帰現象を起こす。これが結果として13〜15年周期となっている。

第4章:変革なき組織的家族社会の深層

◇日本には「個」の組織化である「民主主義」の基礎であるべき、組織(システム)という概念がない。
 →日本的組織:組織的家族(例:旧日本軍) 西洋的組織:部品的(幾何学的組織)

◇組織は目的をもつ。その目的に対応する正当化が要請される。したがって、組織自体は何ら絶対性をもたず、その存続自体を目的そして存在することは許されない。

◇一方、組織的家族は、目的をもつ集団ではないから、何らかの目的に対応するための正当化を必要としない。自らが存続するためだけに機能すればそれで十分である。

◇組織的家族集団は、何らかの客観的公理などに基づく権威を主張してはならない。公的な一つの基準に基づいて「公平」に裁定を下すなら、その者は権力的という非難のもとに、調和を乱す者として排除される。従って、最も非権威的な者が指導者となる。

◇今要請されていることは、新しい事態に対処すべく、自己の伝統に基づく、自らの、最も混乱の少ない社会変革の方法論であろう。(筆者)

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