ペリーとプチャーチンの競争。風雲児たち (幕末編4)の内容まとめ

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風雲児たち (幕末編4) (SPコミックス)

外国の軍船来航の情報をもみ消そうとする幕府と抵抗する大名たち

「外様大名に政道を打ち明けるなど言語道断」という発想の幕閣たちは、江戸城内での風説の流布を禁じるお触れを出して、幕府のメンツを守ることだけに頑張る。
之に対し薩摩・筑前・佐賀・宇和島藩が情報公開を求めて詰め寄る。(事前にリーク済み)

→「史上始めて外様大名が発言権を獲得する」

→しかし幕閣は長崎奉行に圧力をかけて「アメリカ船など来ない」「アメリカ船が来ても将軍家の威光があれば退去させられる」などの証言をさせて「海防を強化させれば将軍家の威光を軽んじることになる」という結論をだす。(メンツのことだけを考えると、現実を拒否して現状維持することにばかり知恵が廻る様になるので注意!)

→結果としてペリー戦艦とプチャーチン艦隊が姿をあらわすまでの最も貴重な数十日間を無為に過ごすこととなる(一度隠し始めると、隠すことが目的になる。)

→幕閣はさらに「ご政道に口を出した」として筑前に謀反の疑いアリとして取り潰しの検討を始める。なにをやっとるんだこいつらは。(結局これらの問題は、ペリーがやってきてうやむやのまま、時代が変わっていくことになる)

ペリーとプチャーチンの競争

1ヶ月先に出発したプチャーチン艦隊は、クリミア戦争の影響で足止めを喰らい、
結局ペリーが先に琉球泊港に到着。
薩摩は対応しきれないとして琉球に対応を押し付けて本国へ報告することに。
琉球は礼を尽くし堂々と開門し、丁寧な歓待をした(日本では初めて!)ことで、武力制圧を視野に入れていたペリーも紳士的に対応。

→一方の幕府は、ペリー来航の知らせを聞いても静観の構え。
「琉球に来たなら琉球の対応を見てから」「浦賀まで来たら今まで通り長崎へ」

→ペリーは小笠原諸島に移動。イギリスと領有権を争い、イギリス艦隊を撤退させる

→プチャーチンは結局

ペリーの浦賀来航

江戸城内ではようやく重い腰をあげ、
さんざん西洋線を見てきた浦賀付近の庶民たちも礼のごとく見物に

「パニックになったのは何も知らされていなかった現場責任者」
アメリカ船など絶対に来ないと叱りつけられてきた浦賀奉行や役人たち
同じ状況に置かれていた江戸城内の海防掛などは、大いに慌てる。

庶民からすれば、戦をするのは武士のみに許された特権であり
庶民は一切の口出しを禁じられている以上、高みの見物を決め込むのは当たり前だった
庶民にしてみれば、何でも言いなりになると思っている幕府にお灸をすえた
ちょっとしたヒーローやアイドルのような扱いになっていた。
ペリーの肖像図を描いたかわら版は飛ぶように売れた、種類も多種多様

黒船が今までと違った点

「排他主義の国には排他主義で応じる。今日の対応はコロンブス号の屈辱に対する返礼だ」

・日本のルールではなく国際ルールを主張(一部ペリーが勝手にルールを決めたりも)
・全権を持って来たことから日本側の最高権力者でなければ会わない
・長崎にまわるつもりは一切ない
・親書の受け取りを拒否するならば砲撃を開始すると警告。「白旗プレゼント」
・3日以内という時間制限を要求する
・待っている間も堂々と浦賀湾深くに乗り入れ、測量を始める

→ここまでしてはじめて江戸城は「いつもと違う」ことに気づいてパニックになる
 はっきり言って、まだ外国を舐めていたというのがすごい

→沿岸警備を命じられた長州藩・土佐藩は幕府の命なしでは何一つ行動できない。
 実権が全くないということは責任感も希薄になるということで
 そのぶん頭の中身や発言が過激になっていく 野党的性格を帯びていく
 日本国そのものの危機を前に、自分たちが何一つ口出しできない野党であることを
 初めて思い知ったのである
 

→与党の高官たちは無能であったが、現場の役人たちはかなり努力していた。
 決して恫喝外交に一方的にやられたわけではなく
 高官が対応せず、会見の場所も幕府側が久里浜と決めることに成功。
 親書を受け取って、来年の返答を約束することでペリーを一旦帰国させる

プチャーチンは長崎へ来航

シーボルトの指示通り平和外交を目指しておとなしく長崎で待つ。
おとなしくしていると今まで通り1ヶ月以上待たされる。
待っている間に、本国がトルコ・フランス・イギリスと戦争状態に。
当時のアジア一帯はイギリス海軍の力が強い。

→平和外交のため好印象を与えることに成功するも、
 英による長崎湾封鎖を恐れて、交渉途中で上海に移動。

坂本竜馬の特殊性

他の主要な人間は、敵として捉え、対策をねろうとするが
坂本竜馬は、純粋に軍船に魅力を感じ、自分も所有したいと考える。
敵味方の区別なく、良いものは良いと考える

吉田松陰

大阪で漢学者・儒学者・砲術家などを訪ね歩く。
森田節斎から歴史を学ぶ
江戸に戻ってからわずか4日目にペリー来航の知らせを受ける

人物

佐久間象山
川路聖謨  
クルチウス :オランダ商館長

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