動的平衡のポイントまとめ

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動的平衡 生命はなぜそこに宿るのか

全体は部分総和ではない

 「生命現象においては、機械と違って、全体は部分の総和以上の何ものかである。」p.136より

なぜ学ぶことが必要なのか(鳥取西高校講演会より)

「よく、私たちは、脳のほんのわずかしか使っていないなどと言われるが、実は、それは世界のありようを「ごく直感的にしか見ていない」ということと同義語だ。世界は私たちの気がつかない部分で、依然として驚きと美しさに満ちている。このことから、私たちは重要な箴言を引き出すことができる。「直感に頼るな」ということである。つまり私たちは、直感が導きやすい誤謬を見直すために、あるいは直感が把握しづらい現象へイマジネーションを届かせるためにこそ、勉強を続けるべきなのである。それが私たちを自由にするのだ。」

人間は考える管である

 「第六感のことを英語では、ガット(gut=消化管)・フィーリングという。あるいは意志の力をガッツ(guts)と呼んだりする。「ガッツがある」と言う時のガッツである。私たちは、もっぱら自分の思惟は脳にあり、脳が全てをコントロールし、あらゆつリアルな感覚とバーチャルな幻想を作り出しているように思っているけれど、それは実証されたものではない。」

生命活動とはアミノ酸の並べ替え

 「新たなタンパク質の合成がある一方で、細胞は自分自身のタンパク質を常に分解して捨て去っている。なぜ合成と分解を同時に行っているのか?この問いはある意味で愚問である。なぜなら、合成と分解との動的な平衡状態が「生きている」ということであり、生命とはそのバランスの上に成り立つ「効果」であるからだ。」p.74より

コラーゲン添加食品の空虚

 「コラーゲンを食べ物として外部からたくさん摂取すれば、衰えがちな肌の張りを取り戻すことができるだろうか。答えは端的に否である。食品として摂取されたコラーゲンは消化管内で消化酵素の働きによって、ばらばらのアミノ酸に消化され吸収される。コラーゲンはあまり効率よく消化されないタンパク質である。消化できなかった部分は排泄されてしまう。(中略)私たちがこのような健康幻想に取り憑かれる原因は何だろうか。(中略)その背景には、生命をミクロな部品が組み合わさった機械仕掛けと捉える発送が抜き差しがたく私たちの生命観を支配していることが見て取れる。」

イン・アンド・アウト「ペニー・ガム思考」/生化学者 ルドルフ・シェーンハイマー

 「自動販売機にペニー硬貨を入れると、ガムが出てくる。ならばペニーがガムに変わったといえるのかと。ちなみに、シェーンハイマーがこう言ったのは1930年代のことだから、アメリカにはその頃すでにガムの自販機があったのだ。ペニーがガムに変わったのではないように、食べたタンパク質60グラムのうち、50グラムが消化・吸収されて残りの10グラムが排泄されたのではない。(中略)膵臓から分泌される消化酵素の量は食べたタンパク質の量に匹敵する。消化管系でアミノ酸にまで分解されると、それはもともと食品のタンパク質だったのか、消化酵素だったのか見分けはつかない。つまり私たちは食べ物とともに私たち自身も食べているのだ。糞中に排泄される10グラムのタンパク質とは、このなれの果てである。60グラムの食品タンパク質と70グラムの消化酵素の壮絶なバトルの残滓である。」

ドカ食いとチビチビ食い

 「ドカッと食べても、チビチビ食べても、結局、同じではないかと思う方が少なくないだろう。しかし、実際の生命現象はそういう具合にはなっていない。チビチビ食べた方が絶対に太りにくい食べ方だということが言えるのである。」

自然界はシグモイド・カーブ

 生命現象を含む自然界の仕組みの多くは、比例関係=線形性を保っていない。非線形性を取っている。自然界のインプットとアウトプットの関係は多くの場合、Sの字を左右に忌避のばしたような、シグモイド・カーブという非線形性をとるのである。非線形性は、たとえば、音楽を聴くときにボリュームのダイヤルの回し具合(インプット)と聞こえ方(アウトプット)の関係を考えてみるとよくわかる。」p.95より

※以下、章名のみ

インシュリンを制御せよ

現代人の栄養失調

受精卵を「立ち止まらせる」方法はないか

自然界は歌声で満ちている

なぜ人間は渦巻きに惹かれるか

関連書籍
・福岡伸一著 『生物と無生物のあいだ』 講談社現代新書

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