アメリカとロシアの軍船が押し寄せるとの情報がはいる。風雲児たち (幕末編3)の内容まとめ

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風雲児たち (幕末編3) (SPコミックス)

「私は何も知らない 学ばねばならない 知らねばならない しかし私は孤独ではない!たった一人で日本国すべてを背負っていると思っていたが、心をひらいて語り合える人間に会うことができた」(吉田松陰)

アメリカとロシアの軍船が押し寄せるとの情報がはいる

海外勢はどこが一番先に日本を開国させるか競争状態だった。ペリーが本格的に日本に開国要求を突きつけることも、ヨーロッパ全土が把握していたと言われる。だから黒船の来航が唐突で江戸が慌て、恐怖におののいたという話はない

ペリー来航時の幕府の初期反応
「西洋人の申すことなど宛てにはなり申さぬ」「本気で聞くべきこととは思われませぬ」

「沿岸防備を厳しく命じておきながら、幕閣内で握りつぶそうとする」
情報確認しようとしただけで「幕府の威光に疑いを抱く逆臣」扱い。
これはもうダメだ、と幕閣に失望した阿部正弘は一部の外様大名に情報をリークし、協力を求める

一方ロシア船メンチコフ号が先発隊として伊豆・下田に入港。礼儀正しいロシアが江戸に来たのは初めて。それだけ本気だったわけだが幕府は以前と同じく上陸拒否、親書拒否。自国の漂流民の入国すら拒む。

→本命のプチャーチンが出発。クリミア戦争勃発の影響で足止めを受け遅れる。

※両者ともアフリカ経由&まだ帆船&蒸気のハイブリッド。「蒸気船が」太平洋を横断した最初の公式記録は日本の咸臨丸が最初。

吉田寅次郎と当時の学問事情 =旅をして談論風発

20歳になりはじめて旅に出た寅次郎は無知であった。仕方がない、この時代の学問は四書五経しかないのであって地理も郷土史もなかったのだ。この時代は屈指の「教養人であっても、何かを知ろうとすれば、こうして旅をして実際に体験するしかなかった」。寅次郎はこの状態から使用列強と戦う総帥の立場で考えていかねばならなかった。
この時代旅をするのは学者か医者であった、旅をしていると旅費が尽きるので、学問の講義や医者をして金を得ながら旅をする(食うに困らないから食客という)

「もはや山鹿流では日本を救えない。次に何の学問をするのかわからないというなら、それは旅だ。現実が大きく変わった今、机上の学問はむしろ恥ずべきであり、旅に出て土地を見、土地の人と出会ってこそ真の学問が生まれるのです。人と人がぶつかり合って、はじめて書物の学問が生きる」「自分だけ書物を読んでわかった気になるのは学盗人です!旅をして多くの人と知恵と知識を分かち合い、学問を深めるのです。人と人の互いの結びつきこそ最も大事なのです」

しかし、この当時うかつに旅をして政道批判をしたり、スパイ容疑をかけられると斬り殺されても文句が言えない状態だった。特に藩主付近の人間は話すべき人を慎重に選ぶ必要があった。

吉田寅次郎と「友情」

江戸時代の身分制度によるタテ社会は、上下関係のみがあってヨコの人間関係は軽視されていた。「縦社会を差し置いても人間関係のヨコの絆をより大切に考えるという思想はなかった」。友情という言葉じたいがなくて、信義とか同志という言葉がその代わりであった。

「信頼できる友がいるのは人生最大の財産である」「友を思う心は伝染する、命を投げ出す男の前にはそれに応える友が出現するのだ」「師を慕う心と友が友を思う心は本来違うものではない」これを理解して言える人はごく限られていた。

→吉田寅次郎は、この「信義」を大事にして江畑五郎の仇討ちに協力し「脱藩」してしまう。

→脱藩後水戸→白河

→東北を旅し、高山彦九郎へのあこがれを抱く(松陰の由来は彼の戒名)

→長州に強制送還。いろいろあって許され、10年間の他国遊学手形を受取る

松平定信が教育制限を行った白河藩と、教育熱心な会津藩の差

白河藩は

・会う人間ひとりひとりに活気がない
・剣術家は文字すら読めず政事の一つも論じられない
・未来への希望がない状態

であるのに対して

会津藩は幅広くかつ近代的なカリキュラム「日新館」

薩摩の琉球支配

薩摩は240年も実質的に琉球を占領してきたが形だけは独立国家のふりをさせてきた。琉球の身分が明の国に承認されているため、その国を植民地にすれば大国明との対立が生じ、それがお家取り潰しの原因にもなるから。
琉球政府は薩摩の命のとおり、日本本土より遙かに多くの外国船をおい払い続けたが、薩摩はあくまで琉球と外国の折衝ということにした。

皇室の貧困状態

天皇の食事すら満足に用意できない有様。
岩倉具慶・具視は幕府に敵対心を抱く

数年にかけて地震が多発する

あたかも乱世の始まりを告げるかのように

人物

シーボルト・イネ:出産

島田虎之助・勝麟太郎

宮部鼎蔵・江畑五郎:吉田松陰の友

斎藤弥九郎・桂小五郎:練兵館

松平容敬・容保 :会津藩藩主

河井継之助 :越後長岡藩

坂本竜馬 :北辰一刀流千葉道場へ

ジョン万次郎:長崎で取り調べを受け、幕府に海外事情を伝える

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