西洋哲学の背骨。プラトン、デカルト、カント、サルトルが何をしたのか紹介!

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西洋哲学の背骨―知っておきたいプラトン、デカルト、カント、サルトル

第一章

哲学という営みをはじめたのは古代ギリシャ人だった。 当時ギリシャではギリシャ神話が信じられていたが、哲学者たちは神話なしで世界のおおもとを説明しようとこころみた。
 →タレス
 →ナクシマンドロス
 →ピタゴラス
 →パルメニデス

ギリシャのアテネでは民主制が発達していた。 ポリスのなかで重要な地位を占めたいと思ったら、多くの人々を説得する術をもたなければならなかっった。
 →弁論術を教えるソフィストが生まれた。
   フィシス(自然)とノモス(法、道徳)をことさら分けた
   カリクレス「そもそも法律というのは、世の中の大多数を占める弱虫どもが作ったものだ。動物の世界を見よ。弱肉強食、それが自然の掟だ。強いものが弱いものよりも取り分が多いというのは、自然の理だ。なのに、人間の社会では、弱虫どもが、強い者に「殺されたくない」「奪われたくない」と脅えて、ひそひそ相談して、法律なんぞをつくりだして、これを強い者たちにも押しつけたんだ。」
 ?で、何でソクラテスがソフィストと対立したかはよく分からない。

プラトン:ソクラテスの思想を受け継いでイデアの思想を打ち立てた。ソフィストにとって法は相対的なものであった。しかし、プラトンによってそれらもイデアになった。したがって、いつでも、どこでも、「人を殺してはならない」となった。それらは善のイデアによって守られることとなった。
 → プラトンの思想は後世に絶大な影響を及ぼした。
   プラトン主義:「感覚的なものより、非感覚的なものを重視する」

アリストテレス:プラトンの弟子。 プラトンを批判。
 →真の意味で存在するのは「感覚的個物」

第二章

キリスト教はではじめのころはひとつの新興宗教に過ぎなかった。ユダヤ教ナザレ派。
 → 教父たちが頑張って布教した。この教父らはギリシャ的な教養(ギリシャ哲学や文学等)を見につけ、それらを土台にキリスト教の教えを批判に耐えうるように整理していった。
   ローマ帝国によって弾圧を受けていた。 そんな中、教父の中でも特にアウグスティヌスが論争を続け、キリスト教の土台を固めていった。

第三章

12世紀ルネサンス
 → 古典文化の復興
   ヨーロッパの学者たちは遅れを取り戻そうとして必死でアラビア語の文献を読み始めた。
    → アリストテレス:万学の祖、として尊敬されていた。スコラ哲学に発展
     キリスト教的な哲学
     アリストテレスの思想が取り込まれていた。

デカルト(17世紀)はアリストテレスに反旗を翻す
 → アリストテレス流の「質的自然観」を退け、「量的自然観」をうちたてた。
  機械論的自然観
近代哲学:主観の哲学
 → 「われ=私」が根底

カント
 → 法則を打ち立てるのは人間である
   悟性:考える、判断する、整理する
   例:ひなたにある石が暖まっている
    → 感性:太陽が輝いている、石が温かい
    → 悟性:太陽が石を温めている
因果律が成立するのは、「現象界」の話。物そのもの、の世界は認識できない
善意思:善く生きようとする意志
2元的世界という意味では、ある種のプラトン主義ともいえる

第四章 

実存主義の先駆者はパスカルである。実存とは意味もなく、理由もなく、偶然存在することである。サルトルは『存在と無』において、即自存在、対自存在とを区別した。例えば、人間には、みつめる自分とみつめられる自分がいる。だから、対自存在である。こうしたサルトルの考え方は、反キリスト教的な含みがあった。キリスト教では、万物は神の被造物としての意味が与えられたが、そうではなく、何の目的も意味もなく存在している、と。

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