満州移民の現地の真実

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満州移民 改訂版―飯田下伊那からのメッセージ

総括

 体験者が語ることでしか知ることができない世界がある。この本に書かれている世界もそのひとつだろう。日本の国家戦略によって送り出された移民たちが、現地でどのような目にあり、帰国してどのような目にあったかという記録だ。
 そしてそのとき、送り出した側の人々はどのような戦後を送ったのかを気に止めておく必要もあるだろう。

本書の概要

 満州移民が最も多かったという飯田下伊那の郷土史として、満州移民が何によりもたらされ、何をもたらしたのかを、満州移民からの聞き取り調査をもとに検証している。

養蚕の衰退がきっかけ

 養蚕で世界経済と密接に結びついていた飯田下伊那は、1930年代初期の大不況により困窮してしまう。折しも、満州に移民を送ることで農産増強とソ連との緩衝地帯化を検討していた人々は、村への補助金支給をエサに、移民を出すことを要求する。

補助金頼みは変わらない

 補助金に目がくらんだ地方指導者層は、渡りに船とばかりに移民の約束をするが、その後徐々に景気は回復し、移民の希望者はいなくなってしまう。国との約束を果たすために指導者が行ったのは、学校・教師を利用して理想を説き、少年を青少年義勇軍に仕立てあげたり、地主に小作人から土地を取り上げさせ移民せざるを得ないよう状況にしたり、とにかく無理やりに移民者を増やすことだった。そうすることで、満州と郷土での一人当たりの耕作面積を増やし、農業の効率化も目論んでいた。
 一部には開拓者の意気込みを持ち移民した者もいたが、与えられた土地は既に開墾されていた。中国人が耕作していた土地をただ同然で無理やり購入し、開拓地としていたのだ。五族協和という理想はそこになく、実際には地元民をいじめ、搾取する現実があった。

そして終戦、引き上げの地獄

 それも長くは続かない。ソ連が参戦し、移民を守るべき関東軍は、家族を引き連れて遼東半島に逃げる。それは一年も前からの計画だった 残された移民は、綱紀が緩むソ連軍の暴虐と、恨みに燃える中国人の略奪に震えながら、死の逃避行を行う。
 本文中から体験者の語りを抜粋してみよう。一つ目は集団自殺の様子、二つ目は腸チフスの蔓延の様子だ:
「(略)…紐を子供の首へかけて、…(略)…苦しくなって、ウワッとふんぞり返っちゃう。…(略)…そり返ったところをもうひとりがみぞおちを蹴ると、苦しがっとったのが、パッと奇妙におさまってしまうんな。そういう要領で、俺としては二十何人かは手をかけた。」
「(略)…お母さんを看とったら、死ぬ二日ばか前にね、しらみが服の外へ出てくるの。しらみっつうのは、肌についとりゃあったかいもんで肌におるんだけど、外へ出てくるの。…(略)」
 しらみが服の外に出るという日常的に思える光景にまで、死のにおいが染み付いている。これを乗り越えて収容所までたどり着いても、食料はなく寒さをしのぐ防寒具もない。生き延びる可能性を少しでも上げるために、女・子供が中国人に売られていく:
「中国人の夫婦が、暗くて寒い収容所に現れて、妹を預かりたいと言った。…(略)…彼女はやせ細った小さな体で精一杯抵抗して連れ去られるのを嫌いました。私は背を向けて体を丸めて、最後まで振り返ることなく彼女を送りました。…(略)」

万歳三唱から一転、乞食扱いへ転落

 満州に行くときは万歳三唱で送り出されたにもかかわらず、ようやく帰国して報告に出向いた県庁では、乞食扱いをされる:
「忘れもしません。通る人々のさげすむような眼が…(略)…県庁からの連絡で、洗いざらしの毛布一枚と、湯呑み一コが渡されました。こんな物を受け取りに来たんじゃないと、皆は怒り、そして叫びました。」
「(略)…妻の実家についたがその子は帰り着いた内地の床のなかで、「ナイチイク、ナイチイク」(内地行く)と言って泣きつくのです。…(略)…どんな内地というものはいいものかと、幼心に想像していたのでしょう。…(略)…でも日に日にその声は小さく、細くなってゆきました。…(略)」
 食料も満足に手に入らず、頼るべき人も既にない人々は、再び鍬を手に取り、西富士の開拓地へと向かっていくのだ。

被害者か、あるいは加害者か?

 こうして描写すると、満州移民は被害者の様に思えるし、実際に国策の被害者ではあるのだが、中国人から見れば自分たちの耕作地を奪い取った加害者であることも確かだ。そしてその報いは十分以上に移民たちの上に降り注いだ。いまなお、身内を手にかけた悔恨に苦しむ人もいる。
 一方で、1970年代に建立された満州移民の慰霊碑には、英霊としての称賛の言葉が並ぶ。そして、その言葉を刻んだ知事は、戦中に人々を満州に送り込んだ責任者だったりする。行政における責任という言葉の虚しさを覚えざるを得ない事実だ。

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