江戸大洪水&印旛沼大決壊。風雲児たち (9)の内容まとめ

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風雲児たち (9) (SPコミックス)

「お前たちは遠くへ簡単にいけるのだな。行こうと思う気持が犯罪にならない。たとえどれほどの苦難が待ち受けていようとも、行こうと思えば誰への気兼ねもなくいける。そんなお前たちが羨ましいよ」
「運命に受身でいれば、淘汰される」「エトチョワ エトチョワ エトチョワ」

田沼意次の失脚と改革の挫折。旧体制派による反動政治。時代の逆向。暗い時代の始まり・・・。

江戸大洪水&印旛沼大決壊

田沼意次は救民対策を優先しながらも、開拓の維持を決断する。
「領民が飢えなくなければそれでよい。幕府は儲けなどいらぬ。儲けはすべて商人が取ればいい。工事を続けてくれ」

(商人には面子は必要ない。利と理さえあれば動く。目の前の人間を信用できれば力を貸してくれる。田沼意次さえ健在であれば、4巻の木曽三川工事のように、最後まで成し遂げたかもしれないが・・・)

田沼意次の失脚と反動体制による田沼政治の全否定

将軍家治の死をきっかけに御三家・御三卿が結託してクーデター。(武家という割に宦官のような姑息な立ち回り。これが御三卿クオリティ)

江戸は大洪水の被害から立ち直っておらず、天命飢饉以来疲れきっている庶民に、再び米価の以上な値上げが襲いかかっていた。それにもかかわらず、田沼派の失脚で救民対策が完全にストップし、「反動体制は田沼家の追求に躍起となって、政治の一切を放置した。この緊急時に、米高対策も何も行わず無理やり解散して、空白国会を創り上げてしまったのである。」

(いかにこの時代、政治を司るトップとそれ以外との意識が遠かったかがわかる。天命大飢饉においても武士の死者はゼロだった。まして大名クラスで民の困窮を理解している人などほとんどいなかった)

表面上は田沼の処罰をめぐる戦いであっても、実質は両者の猛烈な権力争いに変わっていた。冬がさり、春になっても戦いは続き「その間放置され続けた米価の値上がりはとどまることを知らず、ついに5倍にまで達した」。

天明の打ち壊し 江戸の屋台骨(幕府秩序の正当性)のゆらぎ

商人は栄え、武士は庶民の生活を全く無視したきらびやかな記念式典が続く。それを見送る町人たちの目に、ついに政治への怒りが宿る。

役人の行動はとろくさく全て後手。打ち壊しの後を見聞して帳面につけるのが精一杯。暴徒に遭遇しても鎮圧するどころか追い払われる始末。江戸の権威が江戸市民に通じないという徳川史上始めての事態。

幕府は秩序が乱れたと憤慨するが、皮肉なことに「市民たちは見事なまでに秩序ある暴動を繰り広げていた。どさくさに紛れて悪事を働かず、人間には一切危害を加えず、米や金を盗むものがいればみなで止め、女子供を参加させず、めざす家以外には隣近所に迷惑をかけず、打ち壊す前に火の用心を済ませ、心置きなく打ち壊し始める。まことに丁寧、礼儀正しく狼藉仕り候、と打ち壊しを目撃した役人が呆れ返って書き残してる。江戸全市で9000軒以上が襲われる事態でありながら、ついに火事も一人の死者も出していない」
むしろ幕府による秩序とは何だったのか、と問われるべき事態となった。

実際フランスでは2年後にフランス革命が起きている。それが「なぜ日本では革命にまで至らなかったのか・・・」

田沼政治に全ての罪をかぶせて粛清

田沼派、反田沼派の争いが暴動をきっかけに迅速に事態収束。

・大老井伊直幸を筆頭に老中全員の解任
・田沼の相良藩取り潰し&城取り壊し
・印旛埋立地をわざわざ取り壊し
・松平定信の蘭学嫌いにより江戸参拝の頻度激減。数少ない西洋との交流が衰える。
・土山宗次郎の処刑

完全な反動政治でありながら、市民は松平定信の政治に新時代の到来を期待した。
しかし・・・

最上徳内と青島俊蔵による蝦夷地資料の収集・保全作業

「このまま調査団が散り散りになり、蝦夷地資料が消え去れば、調査隊の人間は無駄死だ。いつか事態が好転するときのために、調査結果を守らねばならぬ」

大黒屋光太夫 アムトチカ島におけるロシア人との交流

http://anond.hatelabo.jp/20120116094011

その他

・パルケレール   :オランダ商館
・平秩東作・佐藤玄六、山口鉄五郎 :蝦夷地調査
・本田利明     :天才算学者。最上徳内の師
・関八州見廻り役
・浅間焼けの継続 →上州は桑・絹の産地に→小金持ちを狙った博徒の大量発生
・林子平   :三国通覧図説が売れず、「海国兵談」出版にめどが立たず。
        自力で版型を彫って出版する覚悟を固める

田沼意次の名誉回復はハーバード大学教授による研究まで待つことになる。

「解体新書が世に問われてから14年。すでにこの国には目を覚ました知識人が津々浦々まで広がっている。蘭学はすでに動き始めたのだ。どのような障害も時代を後戻りさせることは出来ぬ。それが文化だ、それが人間というものだ!」

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