名言をピックアップ!「君たちはどう生きるか」

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君たちはどう生きるか (岩波文庫)

背景

1937年、日本は日中戦争〜太平洋戦争と戦争の時代。言論・出版の自由は制限されていきました。
本書はそういった時代の中で、せめて少年少女だけは、時勢の影響から守りたいと執筆されました。
戦後の日本の復興は、本書を読んだ少年少女たちが担ったのかもしれません。

概要

中学2年生になる「コペル君」の日常と、「叔父さん」からの手紙。

自分のすぐそばに転がっていて、
日常何気なく見ている平凡な事柄を手がかりとして
思索を進めていく。

引用

しかし、自分たちの地球が宇宙の中心だという考えにかじりついていた間、人間には宇宙の本当のことがわからなかったと同様に、自分ばかりを中心にして、物事を判断してゆくと、世の中の本当のことも、ついに知ることが出来ないでしまう。

君は、水が酸素と水素から出来ていることはしってるね。それが一と二との割合になっていることも、もちろん承知だ。こういうことは、言葉でそっくり説明することが出来るし、教室で実験を見ながら、ははあとうなずくことが出来る。ところが、冷たい水の味がどんなものかということになると、もう、君自身が水を飲んで見ない限り、どうしたって君にわからせることが出来ない。誰がどんなに説明して見たところで、その本当の味は、飲んだことのある人でなければわかりっこないだろう。
<中略>
たとえば、絵や彫刻や音楽の面白さなども、味わってはじめて知ることで、すぐれた芸術に接したことのない人に、いくら説明したって、わからせることは到底出来はしない。殊に、こういうものになると、ただ眼や耳が普通に備わっているというだけでは足りなくて、それを味わうだけの、心の眼、心の耳が開けてなくてはならないんだ。
<中略>
だから、君もこれから、だんだんにそういう書物を読み、立派な人々の思想を学んでゆかなければいけないんだが、しかし、それにしても最後の鍵は、
ーーコペル君、やっぱり君なのだ。

だから、こういう事についてまず肝心なことは、いつでも自分が本当に感じたことや、真実心を動かされたことから出発して、その意味を考えてゆくことだと思う。君が何かしみじみと感じたり、心の底から思ったりしたことを、少しもゴマ化してはいけない。

こうして、出来るだけ広い経験を、それぞれの方面から、矛盾のないようにまとめあげていったものが、学問というものなんだ。だから、いろいろな学問は、人類の今までの経験を一まとめにしたものといっていい。
<中略>
だから僕たちは、出来るだけ学問を修めて、今までの人類の経験から教わらなければならないんだ。

人間の本当の値打ちは、いうまでもなく、その人の着物や住居や食物にあるわけじゃあない。どんなに立派な着物を着、豪勢な邸にすんで見たところで、馬鹿な奴は馬鹿な奴、下等な人間は下等な人間で、人間としての値打がそのためにあがりはしないし、高潔な心をもち、立派な見識を持っている人なら、たとえ貧乏していたってやっぱり尊敬すべき偉い人だ。

君には、いま何一つ、勉強を妨げるものはないじゃあないか。人類が何万年の努力を以って積みあげたものは、どれでも、君の勉強次第で自由に取れるのだ。

君も大人になってゆくと、よい心がけをもっていながら、弱いばかりにその心がけを生かし切れないでいる、小さな善人がどんなに多いかということを、おいおいに知って来るだろう。世間には、悪い人ではないが、弱いばかりに、自分にも他人にも余計な不幸を招いている人が決して少なくない。人類の進歩と結びつかない英雄的精神も空しいが、英雄的な気魄を欠いた善良さも、同じように空しいことが多いのだ。

だからーー、だからね、コペル君、ここは勇気を出さなけりゃいけないんだよ。どんなにつらいことでも、自分のした事から生じた結果なら、男らしく堪え忍ぶ覚悟をしなくっちゃいけないんだよ。

人間の一生のうちに出会う一つ一つの出来事が、みんな一回限りのもので、二度と繰りかえすことはないのだということも、ーーだから、その時、その時に、自分の中のきれいな心をしっかりと生かしてゆかなければいけないのだということも、あの思い出がなかったら、ずっとあとまで、気がつかないでしまったかも知れないんです。

人間である限り、過ちは誰にだってある。そして、良心がしびれてしまわない以上、過ちを犯したという意識は、僕たちに苦しい思いをなめさせずにはいない。しかし、コペル君、お互いに、この苦しい思いの中から、いつも新たな自信を汲み出してゆこうではないか、

そこで、最後に、みなさんにおたずねしたいと思います。
君たちは、どう生きるか。

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