温暖化CO2犯人説は正しいか?

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科学者の9割は地球温暖化CO2犯人説はウソだと知っている  (宝島社新書)

本書の構成

 本書の内容は前半と後半で大きく異なっている。前半では、IPCCや各国政府、環境NGOなどがいう、CO2濃度上昇が気温上昇の主因であるという見解は間違っている、と主張している。この根拠として、IPCCの理論的主柱である研究結果の問題点を挙げており、また、温室効果ガスの能力は水蒸気の方が大きいという実験事実から、太陽の活動活発化に伴う宇宙線の増加による雲の減少と、それにより起きる地球寒冷化の方が大問題なのだと結論付けている。後半では、現状に対する批判と著者の理想を語っている。

温暖化CO2犯人説は正しいか?

 CO2犯人説が怪しいということは昔から言われており、この前半部分の議論も論理的に組み立てられているため、それなりに説得力があるのだが、読み進めていくうち、段々とおかしな方向に議論が向かって行く。まずはじめにボクがアレ?と思ったのは、ミランコビッチ・サイクルの説明の部分。太陽の引力のみ考えるならば地球は真円軌道を描く、と取れる記述があったため、ここから眉唾ものとして読む様になった。方便としての記述だったのかもしれないが、明らかな嘘がある時点で全体の信用度が低下した。

わき上がる疑問点

 読み方が変わったとたん、いろいろと疑問が出てきた。著者の主張の根底にある、「成長の限界」仮説。発表されたのが1972年であり、この仮説の基盤にある原油埋蔵量の試算も当時と今では変わっているのだから、仮説も修正がされてしかるべきでは?と思った。また、原油価格の上昇が枯渇懸念からだという主張もしているが、昨今の原油価格の乱高下を見ていると、それも怪しい。少なくとも、上昇の契機となった、第1次オイルショックの主因はOPECの協定や第4次中東戦争による供給ショックと考えられるため、明らかに枯渇懸念が原因ではないと思う。

超国家の建設?

 そして話は、IPCCの科学者や政治家、官僚、加えて彼らの混迷を助長するマスコミ批判へと向かっていく。人々は知的混迷の時代から抜け出し、正しい科学的事実に基づいて原油の使用を控え、超国家を建設して問題にあたるべきという。そのためには、日本でも日本語なんか捨てて英語を教えろというのだ。最近日本語が滅びることに関する本が出版されていたが、積極敵の滅ぼそうとする政策はどうだろうと思う。かつてアイヌ問題を政治課題とした、故萱野茂氏が言ったように、言語というのは文化の主たる部分であり、言語の滅びは文化の滅びに直結すると思う。もし日本文化が滅ぶことを許容し、英語文化に統一されることを望むのであれば、文明の多様性はなくなってしまうだろう。そして多様性をなくした文明は進取の気性をなくし、滅びの一途をたどると思う。

誰がトレンドを生み出すか?

 もちろん著者の主張がすべて間違っているとは思わない。しかしよく考えてみると、原油使用量を減らすためには世界中が協力すべき(意訳)、という主張は、現在でもコンセンサスがとれている部分なのではないか。仮に動機が著者の主張と異なるものであっても、目指すものが同じであれば、そこは協力するのが現実的対応ではないかと思う。いったん流れ出した世の中の流れは、そう簡単には止まらない。前に飛び出して堰き止めようとしても濁流に呑まれるだけだというのは、歴史的事実だと思う。むしろ、流れに乗って、その方向性を調整することに力を注いだ方が、目的達成の近道だろう。

流れに乗るのも一手

 これは買いかぶりすぎかもしれないが、現在の風潮を作り出した人々は、実は問題の本質が著者の主張する寒冷化であると知りながら、あえてCO2犯人説を唱えた可能性もあるだろう。地球寒冷化問題は、人間には対症療法しかできない問題だ。何せ、主因は太陽なのだから。このような防衛的対策は、何かをやっつければ良いという単純なのものではないので、しばしば目的を見失い、廃れていくこともあるだろう。しかし、CO2という犯人を作ってやれば、そいつをやっつけろ、という攻撃的対策をとることが可能になる。こういう悪役がいれば、人々の注目を集め、意志をまとめることも比較的簡単だろう。そして人々の意思を固めたら、それを当初の目的にセットしてやることにより、遠回りはするけれど、目的を達成することができる気がする。若干、陰謀史観的で恥ずかしい考えだが。

理想を言うならば

 確かに理想を言うならば、正しい認識に基づいて正しい行動をするべきなのかもしれない。しかし、正しいことは必ずしもわかりやすいこととは限らない。いみじくも、著者が真円軌道の例を用いたように、単純化した方が分かりやすいこともある。世の中は必ずしも理想だけでは回らない。道筋が間違っていたとしても、正しい結果に到達すれば、大抵のことは許されるだろう。

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