塩野七生のマキアヴェッリ語録からマキアヴェッリの名言を紹介します!

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マキアヴェッリ語録

感想

すばらしい言葉は長い時を越えても色褪せません.

結局,人間はどんなに科学が進歩しても,

多くの変わらない部分を持つ動物であると,

再認識することができました.

マキアヴェッリの名言

政治とは、

場合によっては人倫の道に反することもやらなければならない。

つまり、政治と倫理は切り離すべきである。

歴史に残るほどの国家ならば必ず、

どれほど立派な為政者に恵まれようとも、

二つのことに基盤を置いた上で、様々な政策を実施した。

それは正義と力である。

正義は国内に敵を作らない為に必要であり、

力は国外の敵から守るために必要だからだ。

君主には運命の風向きと事態の変化に応じて、

それに適した対応の仕方が求められるのである。

またできれば良き徳から外れないようにしながらも必要とあれば

悪徳をも行うことも避けてはならないのである

征服した君主は、それの保持のために、次の二点を気をつければ良い。

第一は昔からの君主の血統を根絶やしにすること。

第二は、そこの法律や税制に手をつけないこと

権力を、持つ人々の間でも、最近に与えた恩恵によって、

以前の怨念が消えるなどと思う人がいたならば、

その人は取り返しのつかない誤りを、犯すことになる。

悪しき行為は一気にやってしまわなくてはならない。

恩恵は人々に長くそれを味合わせるためにも、小出しにするべきである。

人間というものは、自分を守ってくれなかったり、

誤りを質す力もないものに対して、忠誠であることはできない。

君主たるもの、ケチだという評判を怖れてはならない。

なぜなら、この悪徳は自らの金庫を空っぽにすることなく

かといって略奪者にもならず、それでいて、

統治を続けていくために必要な悪徳だからである。

怖れられることと、憎しみを買わないこととは、

立派に両立しうることである。

要するに、家臣の持ち物に手を出す様な無法なしなければよいからだ。

人は自分の持ち物が奪われた時よりも、

父親が死んだ方を、早く忘れるものである。

君主にとっての最大の悪徳は、憎しみを、買うことと軽蔑されることである。

人の上に立つものが尊敬を得るには、

どのように行動したら良いのかについての考察だが、

なによりもまず第一に、大事業を行い、

前任者とは違う器であるということを、人々にしめすことである。

個人でも、国家でも同じだが、相手を絶望と怒りに駆り立てるほど、

痛めつけてはならない。

徹底的に痛めつけられたと感じたものは、

もはや他に道なしという思いで、

やみくもな反撃や復習に出るものだからである。

軍隊の指揮官でさえ、話す能力に長じた者が良い指揮官になれる

武装せる預言者は、みな勝利を収め、非武装なままの預言者は、皆滅びる

国家は軍事力無しには存続不可能である。

理想的な軍備とは、戦いの必要のない時には、

家に戻り、喜んでそれぞれの職務に励む兵士から成り立った軍備をいう。

どんなに悪い事例とされていることでも、

それが始められたそもそものきっかけは立派なものであった。

慎重であるよりは、果敢である方が良いと断言する。

なぜなら、運命の神は女神なのだから、

彼女に対して主導権を得ようと思うなら、

乱暴に扱うことが必要なのだ。

運命は冷たいほど冷静に対して来るものよりも、

征服したいという欲望を露わにしてくるものの方に、なびくのである。

要するに、運命は女に似て若者の友である。

若者は、思慮に富んでいないため、後々のことなど考えず、

より激しく、より大胆に、女を支配するからである。

次の二つのことは、絶対に軽視してはいけない。

第一に、忍耐と寛容をもってすれば、人間の敵意といえども、

融解できるなどと、思ってはならない。

第二は、報酬や援助を与えれば、敵対関係すらも好転させうると、

思ってはいけない。

人の為す事業は、動機ではなく、結果から評価されるべきである。

人間というものは、危害を加えられると思い込んでいた相手から、

親切にされたり、恩恵を施されたりすると、

そうでない人からの場合よりずっと恩に感ずるものである。

ある人物を評価するに際して、最も簡単で確実な方法は、

その人物がどのような人々と付き合っているのかを見ることである。

中ぐらいの勝利で満足するものは、常に勝者であり続けるだろう。

やった後で後悔するほうが、やらないことで後悔するよりもずっとましだ。

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