未来への展望

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ぼくらが夢見た未来都市 (PHP新書 676)

 この本はタイトル買いだった。珍しく1ページも見ずに購入した。本来なら手に取った段階で気付くべきだった。「ぼくらが夢見“る“未来都市」でないことに。と、雑な書き出しになってしまったが、期待外れだっただけで決してつまらない本ではない、と思う。一種の「近現代空想都市史」とでも言えばいいかもしれない。時系列を見れば現実世界が未来都市を追い越してしまった今日、改めて未来都市の姿と変遷を振り返っている。

未来への展望

 本書では、未来都市は大きく分けて、建築家や都市計画家によって構想される現実の都市の延長としてのものと、小説や映画・漫画などに登場する空想の産物の2つがあるとしている。興味深いのは、60年代以降の日本の著名な建築家が”東京を舞台にした”巨大スケールの都市計画を構想しており、更に世界的に見ても日本が未来都市構想の発信源になっていると指摘している点である。世界的に未来都市指向が流行してきた時期と、東京を中心に日本が高度成長を遂げていた時期とが重なって、現実を舞台にした都市計画が考えられていた。各種の東京計画以上に現実に即した未来都市計画は後にも先にもここだけもしれない。

未来は希望ではない?

 面白いことに人々が想像した未来都市は決して理想郷だけではなく、廃墟や暗い未来が多分に含まれている。建築家としては磯崎新が60年代ごろからマイナスのベクトルをもった都市計画を構想している。ところが筆者は小説の世界では100年以上前から反ユートピアの世界が登場しており、かつ驚くべき完成度で”現在想像される未来都市”が表現されていることを指摘している。想像の世界では未来への希望を遥かに通り越して滅亡をも見据えてしまったということだろう。 また、未来都市としてイメージされるものの多くは”地上”が舞台ではない。漫画に登場するエアカーやメガストラクチャーはいずれも空や地下が主に取り上げられており、建築家の計画案にある海上都市も広く見れば地上を離れた所に主眼が置かれている。空へ、地底へ、海へ。そして果てには宇宙に至るまで都市の舞台は一気に広がった。少なくとも空想の中では。数千年というスパンで見る限り人間は地上で暮らすように設計されているはずである。となれば地上以外の場所にユートピアを求めた「未来都市」はそもそも実現不可能な性格を帯びていたのだろう。

まとめ

 冒頭の書き出しは決して単なる好き嫌いの問題ではなく、筆者も「未来都市」に対してあまり良いイメージを持っていないことが伺える。それは上述したように、想像の中の未来都市が廃墟に行きついて再生せずにいることと無関係ではないだろう。とはいえ、現実の都市が未だ想像ほど滅亡に向かっていないところをみると、最悪の結末を回避した上で新たな「未来都市」が出てくる可能性もあるのではないかとも思う。

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