次代を移り変わる風景

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日本の風景・西欧の景観 そして造景の時代 (講談社現代新書)

次代を移り変わる風景

 山や川などの自然、レンガ造の街並みや高層ビル群などからなる都市。風景といっても様々な解釈があると思う。しかし本書を読んで気づくのは、現代人が見る風景というのは、前近代の人々が見ていたそれとは全く異なる性質のものであるということだ。

風景の発見

 自らの周りに当たり前のようにある「環境」を特別視する意識を持つようになって初めて、風景という概念と環境に対する審美眼が生まれたと筆者は指摘する。例えば西欧においては農村の住人は彼らの住む地域を「風景」として認識することができず、逆説的に田園≒農村の風景はそれらを第3者的な視点から眺める「都市」によって発見されたとしている。更に西欧文化の中心である都市では、都市をひとつの家のようなものと考える価値観から、統一された都市が作られた。それが近年の近代化に伴う均質化によって初めて、「統一された街並み」という概念が生みだされたと指摘している。
 一方で日本には古来より自然を題材にした俳句や絵画などの嗜みがあった。これは日本が伝統的に自然を特別視=客観視してきたことを意味し、自然を風景として指向する概念が受け継がれていたということを示す。逆に都市のような人工空間においても自然を求める傾向は強く、ここの住居に庭を作るといった手法が採られてきた。そこへ西欧都市による「街並み」の概念が持ち込まれ、自らの自然志向を相対化してしまったのである。結果、日本の都市は総体としてみたときに「まとまりに欠ける」というレッテルを張らざるを得なくなった。
 つまり「風景」が発見されるには自らが主体的に関わる「環境」を客観的にみるきっかけがあったということだ。

まとめ

 近代化によって世界が狭まり、写真や想像の世界も含めれば、地球上のあらゆる「環境」を風景として知覚することができるようになった。いうなれば身の回りのあらゆる環境に対して”どの程度の距離を持って主観的・客観的に関わるか”ということが測りづらくなっているといえる。だから高層ビルや「~風」といった見かけのデザインと場所の関連が希薄になってきている。「造景の時代」というのは読んで字のごとく、あらゆる風景をイメージとして網羅してしまった現在に新たな風景概念を作っていく試みに他ならない。

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