ポシェの継承、ポシェの描き方

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「ポシェ」から「余白」へ: 都市居住とアーバニズムの諸相を追って

ポシェの継承

 一般的に言われる近代化というのは、中世以前の世界との断絶を含むある種の革命に近いイメージがある。産業の発展、人口の増加、もちろん都市化も例外ではない。ところが、こと都市に関しては「ポシェ」という概念で捉えると、近代化というのはそれまでの世界との連続的な関係を持った進歩発展的なものであるようにも写る。

ポシェの描き方

 「ポシェ」とはフランス語でポケットを意味し、一般的にもそれに似た用途で使われることが多い。しかし建築においては19世紀のヨーロッパにおいて図面の読み取りを容易にするために壁体(マス部分)を斜線で塗りつぶす描画方法として誕生した。広義に解釈すれば3次元空間を2次元的に解読するための手法という意味でも考えられ、筆者はゲシュタルトの地と図の概念を持ち出すことで、地図上に現れる建物とオープンスペースという「反転の連続」を、都市の諸相を知る鍵概念として展開している。
 それを説明するための事例として本書では近代の都市居住の変遷が取り上げられる。筆者は、近代都市の革命的な変化とされるものの正体を、群建築:単体建築、街路:反・街路、大地:天空、そして閉鎖:開放といった種々の反転の出来事だとしている。その最も顕著な例とされているフランスの典型的な都市住居であるフレンチ・オテルと、コルビュジェのサヴォア邸を取り上げられている。群として建てられる建築は、街区の中でそれら自体が囲むオープンスペースを作らざるを得ず、街路に面して隙間無く整然と建ち並ぶ。対してサヴォア邸のような単体建築は四方に目一杯のオープンスペースがあり、更に建築が大地を侵食した代償として屋上・地上階をそれぞれ開放することで全方向に独立しているといえる。加えて独立によって周囲の建物と練炭する必要性も薄まり「セットバック」によって街路側を開放することも可能になっている。詳説は本書に譲るが、他の事例についてもこのような反転の関係が見て取れる。筆者によれば近代化はこのように、革命的なものではなく発展進化的な連続性を持つものであるという。

ただの反転か?

 ただし、近代化が前近代までのアンチテーゼから始まったものであることは共通認識であるにしても、その様相を「反転」の言葉でひと括りにしてしまうのは単純すぎるようにも思える。加えてこの近代的居住を扱う章にポシェの説明があまりなされていない。建築の反転は、図に対する地であるところのポシェにも重要な変化を迫るものであるにも拘らずである。むしろこの反転の諸相は、ポシェの概念に含まれる様々な性格のオープンスペースの扱いに目を向けさせるきっかけとして捉えられるべきではないかと思う。いかに反転による都市の変化が大きくても、ポシェが地と図の関係から自由になれない以上はそれまでと変わらない。

「余白」という自由

 その意味で本書の最後に取り上げられる「余白」の概念は、未だ語られていない「都市のオープンスペースの自由」を生み出すきっかけとなるものである。筆者によれば余白とは「無をつくる」といった意味であるらしい。地と図の関係から生まれた「空白」、「空き」などのポシェは必ず「充足」、「占居」などの対義語とセットであった。ところが余白については上述の意味から対概念を持たない。身近な例で言えば、積極的に広場や公園を整備するというという意味になる。しかしそれが高じると400年近くも都市の余白として人々の様々な活動や歴史を受け入れてきた「ボストン・コモン」のような都市公園の創出になる。近代的な開発とは別の方法で都市の質を高めていく「余白」の概念は、人口減少を向かえる先進国にとっても、人口過密に悩む途上国にとっても一つの解決策になるのではないだろうか。

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