完璧な建築とうまい「外し方」

2795viewsdaichi kanazashidaichi kanazashi

このエントリーをはてなブックマークに追加
建築の多様性と対立性 (SD選書 (174))

うまい「外し方」

 ボケる建築、という言い方が許されるなら本書で登場する事例の多くはこれに集約される。ある一定の秩序なり枠組みが存在するにもかかわらず、よく観察すると「おやっ?」と感じるイレギュラーな要素を含む建築。完璧にはなれないからこそ、多面的な欠点も持ち矛盾する対立も含む。それらを個性と呼ぶなら実に人間のふとした愛らしさと似ているようでもある。よってタイトルから誤解されそうではあるが、本書の内容は決して「建築の無節操と二元論」ではないのである。

完璧な建築

 まず建築において多様性と対立性というものは何を指すのか。近代化以降の建築、本書内でヴェンチューリが「現代建築」と称するものはその両者を欠いたものとして扱われる。近代建築はその理念から理路整然として、イレギュラーを極力排することを目指していた。ミースの作品に代表されるように建築の各部分には全体を構築するための決められた役割があり、あるものを表現するのに他のものを排してしまうことがひとつのデザインコードでもあった。ガラス張りの四角い建築はその外観も内部空間の機能も、一つの明確な正解に集約され、他の解釈が立ち入る隙を与えない。それはまさしく機械の様相で、時計の歯車の一つがその設置場所にそぐわない大きさであるようなことを許さない。

「外した」建築

 しかし建築は機械と完全に同一ではない。無駄とも思えるデザインや、「崩し」を入れたような組み合わせ、さまざまな解釈が可能なものも数多く存在するのだ。ヴェンチューリはその事例を以外にも中世ルネッサンスやロココの建築に見出す。例えば折り上げ天井は壁の延長なのか天井の一部なのかといった曖昧さ。左右対称のファサードと非対称の平面、あるいは同じ形の柱がある建築では構造上の役割を担い他の場合では全体を飾り立てる装飾である、といった両者共存の関係。また本書での事例は少ないが標準的な建築のオーダーを少しだけいじることで生み出せるまったく新しい空間もある。ヴェンチューリはゼロから新たなデザインの原理を提唱するよりも慣習的なものを変えることでより違いや創造性が明確になると述べている。更には何の脈絡もなくスケール違いの開口を並べたり、ファサードと内部の表現に相関性が見られないものなどの事例(おそらく日本では「バラック建築」と呼ばれるものに近い)も詳しく取り上げられている。おまけに外観と内部機能相互の要請によってどうしても発生してしまう残余部分(ポシェ)も良しとしている。

まとめ

 筆者は豊富な写真や図面に加え自らの作品を解説することで、建築の多様性と対立性を極めて魅力的に語る。ヴェンチューリ自身がルイス・カーンに師事していたこともあってか、彼とル・コルビュジェは本書でも例外的に現代建築家の好例として取り上げられる。近代建築家の総本山コルビュジェについては意外に思われるかもしれないが、この3者については「秩序を重んじる」という共通点があった。冒頭にも挙げたようにヴェンチューリは決して好き勝手や無秩序を良しとしない。カーンはフレキシブルな秩序を目指したといえるし、コルビュジェは厳格な秩序の中に意図的に「遊び心」を加えているようにも思える。ヴェンチューリは決してコルビュジェを自らの敵としていたわけではないのである。

関連まとめ

本のまとめカテゴリー


コメントを書く