前半 公平,不公平,社会的報酬に関して 

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これからの「正義」の話をしよう (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

サンデルは言う.
道徳をめぐる考察は孤独な作業ではなく,社会全体で取り組むべき試みなのである.

なぜなら,道徳や正義は,自分一人が信念として心に決めるものではなく
社会的背景のもとに,他者と共有できる価値観として構成されるものだからだ.

道徳や正義に関して,公平,不公平,というものを考えてみる.
これは,仕事で得る報酬が身近な例となる.
例えば,仕事で得る報酬に関して,自分の才能や努力でなく
社会の価値観,それを要請した時代性が関わることを
ロールズの哲学を援用して以下のように示している.

ロールズは,実力主義は,正義とは言えないと言う.
なぜなら,才能の有無は本人の努力によって得るものばかりではない.
所得と富の分配が,才能という生まれ持った資産の分配によって決まるがままにしておくのは,
それが歴史的,社会的運命によって決まるのと同じくらい筋が通らない.
しかも,ロールズに言わせれば,努力すら,努力することができるという恵まれた育ちの産物となる.

さらに,評価される才能が何なのかという点では,その時代に社会がその才能を重視しているという
自らの努力ではどうにもできない事情が存在する.
中世のトスカーナ地方ではフレスコ画家が大事にされたが,21世紀のカリフォルニアでは
コンピュータプログラマが大事にされる.所得格差は,こうした時代性が色濃く反映され
個人の選択の自由ではどうにもできない.
例えば,深夜のトーク番組の司会者レターマンは年収300万ドル,
一方でアメリカの最高裁判所長官ロバーツの年収は22万ドル未満.
レターマンがロバーツよりも13倍以上の大きな所得を得られるのは,
彼の才能や努力が13倍以上あるためでなく
テレビ界のスターに多額の報酬を払う今の社会のあり方のためであり
レターマンはそんな時代にそんな境遇に生まれて,才能や努力が報われたということにすぎない.
つまり,運がほぼすべてと言える.

こんな具合に,われわれは,自分ではどうにもできない境遇の中,
歴史的,社会的に存在する.そこに真の自由などありはしない.
それえ,完全な自己責任を求めることもできない.

巨額の資金を運用し,巨大な報酬を得ている投資会社のエリートは
自分の能力で稼いだ気でいるのかもしれないが,
彼は自分で制御不能なものを相手に賭博をしているにすぎない.
その証拠に,マクロ的な不況の波で,投資が失敗した時に
公的資金で救済される投資会社の経営層は,自分はやれる限りのことをした
自らに責任はないと言う.これは言い逃れ以上の真実を含んでいる.

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