最も著名な快楽主義者、エピクロスから幸福を学ぶ

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エピクロス―教説と手紙 (岩波文庫 青 606-1)

本著目次

  • ヘロドトス宛の手紙
  • ビュトクレス宛の手紙
  • メイノケウス宛の手紙
  • 主要教説
  • 断片(その1 その2)
  • エピクロスの生涯と教説
  • 解説

ざっくりとした内容

まず前提として、エピクロスは"快楽主義"と呼ばれる思想の哲学者である。

「ヘロドトス宛の手紙」にて、エピクロスにおける原理原則が記載されている。
重要な部分は、あらゆる事物の構成(原子論的唯物論)、人の感覚・感情、事物の判断は感覚によって行われることが記載されている。

「ビュトクレス宛の手紙」にて、天界・気象界における事象の説明が記載されている。エピクロス自身の言葉かどうか怪しいが、教え・思想としてはエピクロスのものであるとされているらしい。

「メイノケウス宛の手紙」にて、生と死、快と苦しみおよび選択と忌避、自己充足などの"美しく生きる"という倫理観を説いたもの。

「主要教説」と「断片」では、上記3つの手紙から抜粋した教説がまとめて記載されている。

「エピクロスの生涯と教説」においては、タイトル通りエピクロスの生涯と、彼の教説、つまり哲学の全体像が記載されている。

私が感じたエピクロスから感じたこと

本著で非常に重要な部分は、「メイノケウス宛の手紙」だと確信しています。
たったの10ページのみの内容ですが、彼の快楽主義の立場での考えがすべてこの節にあらわれていると思います。
もちろん、「ヘロドトス宛の手紙」に記載の"原子論的唯物論"の思想(あらゆる事物は原子の結合によって構成されている)とする考えがベースに有るので、すべて重要ではあります。

私が記憶に残った内容は下記の記載でした。

快は第一の生まれながらの善であるがゆえに、まさにこのゆえに、我々はどんな快でも構わずに選ぶのではなく、かえってしばしば、その快からもっと多くの嫌なことが我々に結果するときには、多くの種類の快は、見送って顧みないのである。利益と損失を顧慮することによって、これらすべての快と苦しみを判別しなければならない。]

何もかも贅沢をすること、すなわち快の多くを受け入れることではなく、むしろ苦しみを感じないように快の取捨選択を行うということ。
つまり、彼は快を求めることこそが快楽主義としての立場で、快楽なのではなく、"苦しみ"から解放されることが幸福だとしているわけです。

またエピクロスの教説には下記の記載もあります。
幸福については2種類存在している。

  • 神的な幸福、すなわち、それ以上の快は増大しない状態における最高の幸福
  • 快と苦が共存している中で、量の増減で決定される幸福
基本的には、下の快と苦しみのバランスを取ることで幸福度が左右されるというわけです。
快にも2種類存在し、肉体の健康と心境の平静、喜びや満悦を得ることが快である。

このような思想のもと人間の幸福とは何かを考えると、お金が沢山手に入ること、たくさんのものや一時の快楽を求めることではないのでは無い、と感じます。
肉体の健康と心境の平静を求めると言うことにフォーカスすると、日本人は"心境の平静"という部分では、かなり苦しんでいる方が多いのではないでしょうか。
社会の中で一員として、仕事をしたり何かしら活動を行うわけですが、その状況下ではなかなか"心境の平静"というのは得られないかと思います。
エピクロス自身、快を求めて、現実社会とは隔絶された自身の学園を創立し、ほとんど外へ出ることなく、生涯を終えたそうですから・・・

感想

2度じっくり読み上記の内容を記載しておりますが、私自身、哲学に精通している訳ではございませんので、稚拙な考えの部分もあるかと思いますが、ご容赦ください。
各個人が本を通して各人の中で答えを出せることがベターだと考えております。

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