政府も野党もマスコミもなぜ黙っているのか?自由への弾圧が香港・台湾で。次は尖閣・沖縄へ

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日本の使命 ―「正義」を世界に発信できる国家へ― (OR BOOKS)

現代日本で宗教を排除する三つの力

 国家神道的なものが他の宗教を弾圧するのを心配してつくられた政教分離規定を、「宗教は政治活動してはいけない」というように捉え、中学・高校あたりから、そのように教えている先生がたもいます。そういう風潮はけっこうあったのではないかと思います。
 また、マスコミにおいても、大手新聞や大手のテレビ局等では、「宗教は取り扱わない」ということが、一つの倫理を守るかのように守られていて、残念なことに、「事件でもないかぎり、宗教は報道されない」ということがずっと続いています。
 私は、この十年の間に、ときどき、「渋谷の交差点あたりで犬に噛みついてやろうか」と思ったことさえあります(会場笑)。そうすれば「一面記事」になるかもしれません。
 「噛みついたまま犬を引きづっていき、”すき焼き”にでもしたら、もっと話題になるかもしれない」とも思いますが、おそらく票にはならないでしょう。
 宗教の場合、「票にならないかたちでの報道しかありえない」ということになっているわけで、著しく不便です。
 さらには、「科学的思考」というものが戦後の学問の基調になってきています。
別だった「文部省」と「科学技術庁」とが一つになったのはよいのですが、「科学」のほうが「学問」の上に立ち始めているので、宗教の立場は著しく悪くなっていると思います。
 科学的思考とは、「疑い、疑い、疑い続けて、疑えないものは認める」とか、繰り返し実験して、正しいものは認める」とか、だいたい、こんなことです。しかし、これは両方とも宗教には極めて厳しい考え方なのです。

「死後の世界があり、神仏が見ている」から正義を求め、戦う

 中国はあれだけの大国になって、基本的人権というものを理解していないというのは、許しがたいことです。その程度のことは勉強すべきです。勉強しないで、いまだに封建時代をやっているのは、許しがたいことです。
 これが、無神論や唯物論の行き着く果てなのです。この世での権力や権勢以外、何もないわけです。
 しかし、「死んで、あの世があって、神仏がこの世を見ておられる」ということから、人々は正義を求め、善を求めます。
 だから、命を懸けて、正しさのために戦うのです。
 神のために、仏のために、神仏の子として、この地上にでやらねばならないことをやるために、戦うのです。
 長生きしても、わずか百年そこそこでしょう。短い人は二十数年ぐらいで、戦って死んでいく人もいますけど、かつての人が、そして、今の人たちが戦う理由は、われわれには目指すべきもの、久遠の真実があるからです。
 だから、戦う。落選したことぐらいで、負けたうちには入らない。まだ命は取られていない。
 命が取られたなら、この世での戦いはそれで終わるかもしれないが、あの世での戦いは、それでも、まだ終わってません。
 あの世では、霊界では、「神と悪魔の戦い」が、この地上を縁として行われています。
 この地上でも、権力を持とうとしている者のなかで、悪なる心を持った者が、悪魔に入られて、人々を不幸にする活動を数多くやっています。
 これに対して、天使たちは、その悪魔たちを撃退すべく戦っていますが、いかんせん、この地上の大多数が間違った方向に流れた場合に、それを救いきれないで、困っているのです。
 私たちは、こういったところを、もっと勇気を持って、堂々と述べねばならないと思います。

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