明治維新の原動力となった、江戸後期における最高の儒学者、思想家、佐藤一斎の至高の書

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[現代語抄訳]言志四録
  • 少にして学べば、即ち壮にして為すことあり。

 壮にして学べば、即ち老いて衰えず。
 老いて学べば、即ち死して朽ちず。     言志晩録 第六十条
以後、岬隆一郎氏編訳

言志録

  • 最も優れた人は天を師とし、次に優れた人は聖人を師として、その次に優れた人は書物を師とする。 第二条
  • 学問をするには、志を立て、これを達成するためには心を奮い立たせることが大事である。しかも、その志は人からいわれてやるのではなく、自分の本心から出たものでなければならない。 第六条
  • 真に大志ある者は、小さな事柄もおろそかにしないでよく勤め、真に遠大な志のある者は、些細なことでもゆるがせにしない。
  • 人間の本性はみな同じように持ち合わせているが、人によって気質がそれぞれ違っている。そこに教育が必要にとなり、同じ本性だからこそ教育の効果がある。第九十九条

言志後録

  • 暗いところにいる者は、明るいところをよく見ることができるが、明るいところにいるものは、暗いところを見ることはできない。第六十四条
  • 立派な人物は、何事においてもまだ努力が足りないと思うが、つまらない人物は自分の心を欺き、それで満足しきっている。立派な人はつねに自己研鑽を続けるが、つまらぬ人物は、すぐにあきらめ、自分を捨ててしまう。聖賢の道に進むか、堕落するかは、「彊」(つよめる)と「棄」(すてる)のただ一字の違いである。 第九十六条

言志晩録

  • 人は才能があっても度量がなければ、人を包容することはできない。反対に度量があっても才能がなければ、事を成就することはできない。才能と度量を二つを兼ね備えることができないとしたら、才能を棄てて度量のある人物になれ。 第百二十五条
  • 戦いにおいては武器に依存するな。人の和を頼りにすべきである。また軍勢が多いか少ないかは問題ではない。軍律が保たれているかどうかに注意しなければならない。 第百五条

言志耋(てつ)録

  • 誰もが人間である、と思っているが、同じ人間でも遊び怠けていると柔弱になるし、一度困苦に耐えると意志が強固になる。心が満足していると優柔になり、一度激しく発憤すると剛強になる。人の気質はこのように変化する。 第二十九条
  • 心を悩まし、苦しんで考え、初めて知恵は現れるものである。反対に暖かい着物を着て、のんびり生活しているときは、考える力も埋もれてしまっている。これはちょうど、苦いものは薬となり、甘いものは毒になるようなものである。 第三十一条
  • 遠方に行こうとするとき、ややもすれば正規のルートを外れて、近道を選んだりするが、結局は道に迷って遅れることがある。馬鹿な話だ。人生行路でも、これに類することが多いので、とくに記しておく。 第二百六十六条
感想

私なりに印象に残った箇所を投稿しました。
現在の日本人のメンタリティは、ほぼ江戸時代が起点となっています。
その理由は当時世界最高峰であった江戸時代の儒学の発展にあります。
そのなかでも佐藤一斎は江戸儒学の頂点にいる人といってもいいでしょう。

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