いのちの苦しみは消える: 医師で僧侶で末期がんの私

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いのちの苦しみは消える: 医師で僧侶で末期がんの私

そもそも死とは何か

●死ぬとは蘇らないこと。心臓は単なるポンプ。
●蘇生限界点を超えたかの判定が脳死判定。蘇らないことの診断基準である。
●いつか死ぬと誰でも知っているが「限られたいのち」を意識することはない。がんが見つかり限られたいのちだと急に知ると、「死にたくない」という気持ちが起こる。
●がん性疼痛は薬で抑えられるが「死ぬのが怖い」という苦しみが出てくる。(スピリチュアル・ペイン)
●生殖・生存・死という3つの欲求(渇愛)があり、そこから苦しみが生じるとお釈迦様は説いている。
●自分というこだわりを捨てると苦しみをコントロールできる。仏教の根本は「無頓着」にある。
●お釈迦様は「四諦(したい:4つの真実)」を説いた。
苦諦(思い通りにならない)・集諦(苦が生ずる)・滅諦(苦の消滅)・道諦(消滅への道)で、病気・病因・治癒・治療に相当する。
●「危機」の「機」はチャンスという意味。危機こそチャンス。
●古代ローマ詩人ユウェナリスは「健全なる精神が、健全なる身体に宿るように祈る」という言葉を残した。残りのいのちが少ないと覚悟した人は健全な精神を持っていることが多い。
●非科学の世界は検証することができない。正しいかどうかではなく、価値の問題。

最期に人を救うのは医学か宗教か

●現代医学はEBMが基本。臨床試験という人体実験でしか証拠は示せない。
●民間療法は、効果があるという証拠がないから民間両方のままである。研究倫理委員会を通さずに実験をし、論文審査も通っていない。
●スピリチュアル・ペインに苦しみ、民間療法や宗教にはまってしまう患者さんがあとを絶たない。医者の仕事は科学なので「いのちの苦」から人を救うことはできない。現代医学でどうにもならない苦しみを緩和するのは宗教者である。
●九州大学は久山町民の協力を得て、臨床試験とコホート研究を行っている。証拠が重要。
●200年前の西洋医学は迷信だらけ。梅毒の治療に致死量以上の水銀を使っていた。
●ジェンナーは8歳孤児の使用人で人体実験をし、成功して天然痘の予防が進歩した。当時は人体実験を裁く法律がなかった。
●ボランタリー・コンセント(本人の自発的同意)を尊重する、人体実験における基本的な考え方はニュルンベルク裁判で示された。ナチス医師たちは過去の行為について裁かれ絞首刑となった。
●世界医師会が採択したのが「ヘルシンキ宣言」で、研究倫理委員会が設置される基となっている。

人生の物語をどう完成させるか

●医療現場には「いのちの苦」を緩和する専門家、スピリチュアル・ケアワーカーが必要。
●日本の医療はWHOから世界最高とお墨付きをもらっているが、唯一の欠点は現場に宗教者がいないこと。
●ケアワーカーは、患者さんの話をじっくり聴いて理解し、共感する。傾聴によりいのちの苦が軽減することもある。
●リスボン宣言では「患者さんが宗教者の支援を受けることは、当たり前の権利である」とされる。
●死別した家族に対する「グリーフケア」もケアワーカーの仕事。
●イギリス医師シシリー・ソンダースは、死にゆく人の尊厳は「死んでいく人が本人の人生に価値を見い出すこと」と定義。
●患者さん自身の人生の「物語」を完成させ、人生に価値を見出してもらう。ケアワーカーは尊厳死の手伝いも担う。
●安楽死問題は医学では解決できない。倫理的問題もあるため、宗教者が必要。
●高齢者が多いということは死ぬ人も多いということ。昭和100年(2025年)には病院が満杯となり在宅で死ぬ人が増える。
●仏教を必要とする社会が必ずやってくる。

感想

田中雅博

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