ドライな文体で綴る日本人の心の100年 総括.

2425viewsslainteslainte

このエントリーをはてなブックマークに追加
草薙の剣

なぜかはわからないけれど
みんなそうしているし
それが普通だからそうするという対象を共通に持つ者を
世代としてまとめる橋本さんらしいやり方が
よくはまっている.

それは,つまり,徴兵であったり進学であったり結婚であったり就職であったりする.

橋本さんの書き方として
......と思ったのは××でなく〇〇である.
という表現がある.
このとき,〇〇とは違う領域で最も〇〇に近い表現を××として書くことで,
〇〇の意味を明確にし,......の意味を,こういうことが言いたいんだと限定する.
この表現が実にうまい.

常生の父は,女というものを「控え目でおとなしやかな存在」だと思い込んでいた.
そのように決めつけていたわけでもなく,ただそのようなものだと思い込んでいた.

というように.思い込んでいた,という表現を
これに最も近いけれど異なる表現である
決めつけていたという表現を用いて,輪郭をはっきりさせる.

他にも
常生の母は,マスコミ入社の一次試験を突破できなかった.出来なかったことを
「残念」とは思わなかった.思ったことは,「もう二度と試験なんか受けたくない」
だった.

養父にはとても,日本が戦争に勝てるとは思わない.だからと言って,
「負ける」とも思えない.中略
「負ける」と思う代わりに,「この戦争はいつか終わる」と思うようになった.

というような文章で.

橋本治ならではの表現としては,

ゲームセンターで
他人がプレイをしているのを見ることで
自分の欲求を充足させてしまう世代に対して,
「なにかに熱中する子供」ではなくて,
「それを外から眺めて,達成感というものをあらかじめ仕入れてしまう子供」
と表現する.

ファミコンの凄さを
小さなファミコンが,テレビの画面を「自分のもの」にしてしまう
凄さとして表現する.

バブルに対しては,
好景気はその先にまだまだ続くものと予感されて
人は「疑う」という態度を捨て始めていた.
「疑う」という行為は,現実と遊離した,趣味の思想行為になっていたのだ.

というもの.

女性に憑依して書く力が凄まじいので
主人公がすべて男性というのは惜しい気もした.
しかし,女性の心の機微もしっかり書き込まれている.

生理が来たことを告げると,母親は自分の使っている生理用ナプキンを分けてくれた.
常生の母は,自分の母親を嫌いとは思わなかったが,母親と整理用ナプキンを共有するということに,ざらつくものを感じた.これから自分が自由に羽ばたいて行こうとする時に,
改めて古い何物かに繋ぎ留められるような感じだった.

と,こんな風に.こんな文章を書ける人を,私は橋本治の他に知らない.

長らく,ヒトは理性的,合理的な自由意志を持った自由な存在である
と信じられて来た.
しかし,近年,ヒトは,環境や他人で,自分の振る舞いが決まる存在ではないか
という考えが,例えばソーシャル物理学などで提起されている.

橋本の描いた,日本人の心の100年の総括は,
まさに自分の運命を自ら選び取ることのできない存在として
ドライに表現されている.
戦争,バブル,大震災
こうした運命にさらされた人間は,はたして草薙の剣で
自らの運命を切り開くことができるのであろうか.

草薙の剣

草薙の剣

  • 橋本 治

関連まとめ

本のまとめカテゴリー


コメントを書く