この世に偶然は無い。あるのは「原因」と「結果」のみ

3589viewsNARUNARU

このエントリーをはてなブックマークに追加
「原因」と「結果」の法則

自分こそが自分の人生の創り手である。
人は誰も、内側で考えてる通りの人間である。

環境が人を創るのではなく、「人が環境を創る」
自分の環境を直接はコントロールできないが、自分の思いは完璧にコントロールできる。

よって私たちは間接的に、しかし明らかに、自分の環境をコントロールできる。
自己犠牲を払って会得した自己コントロール力によって、いつでも現状を打破できる。
人間の思いが原因となり、結果を創る。

あなたの環境はあなた自身の心を映す万華鏡。
喜びは正しい思いの結果であり、苦悩は誤った思いの結果。

心が環境を創る

・外側の世界である「環境」は、「心」という内側の世界に合わせて形作られる。

・人間は「思い」の主人であり、「人格」の製作者であり、「環境」と「運命」の設計者。
意識的な主人と、内側で機能している「原因と結果の法則」を認識しなければならない。
その認識は、自らの試みと経験と分析によってのみもたらされる。
「求めよさらば与えられん」と言う絶対法則は、この方向にのみ存在する。

・人生に偶然という要素はない。
あるのは法則が正確に機能した結果のみ。

・「環境」と戦うとは、自分の内側で「原因」を養いながら、外側の「結果」に戦いを挑むこと。

・私達の「環境」は、私達の内側の状態と常に調和している。
ただしそれは「私達の環境を構成する様々な状況は、どれもがみな、それぞれに、(その時点の全人格ではなく、)私達の人格を構成する特定の重要な要素の現れである。」という意味。
それらの状況全てが、私達のその時以降の進歩にとって、決定的に重要なもの。

良い結果を得るには、思いと結果を結びつける

・運命を決める神は「思い」。
私達が手にするのは、願うものではなく、公正な報酬として受け取るもの。

・いい結果と調和しない思いは、達成を自ら妨害し続ける。
放置されるとますます強まり、多様化する。

・思いと目標が結びつかないかぎり、価値のある物事の達成は不可能。
人は理にかなった人生の目標を心に抱き、その達成をめざすべき。
目標達成を第一の義務として、毎日を生きるべき。
思いを、夢物語、憧れ、妄想などの上に漂せたちするのではなく、目標に思いを集中すべき。
個々の失敗は、それぞれが輝かしい未来に向けた新しい出発点。

・強さは持続的な鍛錬にのみ開発される。
疑いや恐れは、いかなる達成にも役立たない。信念にとっての最大の敵。
疑いと恐れを克服することは、失敗を超越すること。

弱さは欲望から発している

・私たちは自分の心を高めることによってのみ、上昇し、克服し、達成する。
その努力を怠ることによってのみ、弱さ、絶望、苦悩の中に留まり続ける。
もし成功したいなら、自分の欲望の大部分を犠牲にしなくてはならない。
犠牲を払うことなくして、いかなる進歩も成功も望めない。

知的達成は知識の探求…生命と自然とが内包する美と真実の追求…に捧げられた深い結果。
あらゆる知的達成が、粘り強い努力と非利己的で純枠な思いの自然な結果。

・澄んだ心を持つ人は、例えどんな誘惑を受けようとも、決して犯罪に走ったりしない。
心の中で養われ、パワーを増した犯罪思考が、機会を捕らえてそれ自身を外部に漏らしたとき、犯罪は発生する。

・強い人間が弱い人間を助けることができるのは、弱い人間が意欲的に助けを求めている時だけ。
例えその時でさえ、弱い人間は自分自身が強くならなくてはならない。

奴隷のように生きてる人が居る為に、搾取する物が必要とされている。
奴隷のように生きている人たちこそが問題。
彼らは、常に苦悩を手にし、その責任を相手に向けているが、実際に悪いのは自分たち。

人間は、あらゆる身勝手な欲望を放棄しているとき、搾取する側、される側のどちらにも属していない。
そして、そのとき人間は真に自由な状態にある。
弱さとはそもそも身勝手な欲望から発しているものである。

成功を維持するには自己犠牲を払わなければならない

・自己コントロール、穢れのない思い、気高い思い、正しい思いも援助を得て、人間は上昇する。
自己コントロールの欠如、怠慢、穢れた思い、卑しい思い、誤った思いの援助を得て、人間は降下する。

・成功を維持するために警戒が不可欠。大きな達成を果たすと手を抜いてしまい、あっという間に落伍者に転落する人が多い。
成功を手にできないでいる人達は、自分の欲望を全く犠牲にしていない人たち
人間は、もし成功を願うならば、それ相当の自己犠牲を払わなければならない。
大きな成功を願うならば、大きな自己犠牲を、この上なく大きな成功を願うならば、この上なく大きな自己犠牲を払わなくてはならない。

・表に現れた「結果」だけに目を奪わる人間は、その背後に存在する「原因」を見ようとしないために、あらゆる成功を、幸運、運命、或いは偶然などと言う言葉で片付けようとしている。
彼らは、それら“運のいい人”たちが、より良い人生を夢見て流し続けてきた「血と汗と涙」の部分には決して目を向けない。
それらの人たちは、強い信念を維持し、数々の犠牲を払い、粘り強い努力を続けてきた人達。

関連まとめ

本のまとめカテゴリー


コメントを書く