中島敦『山月記』主人公が虎になった理由とは?

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李陵・山月記 (新潮文庫)

唐代の中国に李徴という男がいました。
彼は、若くして科挙に合格し地方の役人になるほど頭が良く、そして、とても意志が強い妥協のできない男でした。
立派な官職に就いたが、少しの間で辞めて、人と交わることを断ち、詩を作るようになりました。
しかし、なかなか有名になることが出来ず、生活のために、地方の官吏として働くことにしました。地方の官吏になるということは、かつて見下していた人々に使われることで耐えがたい日々を送っていました。
そういう日々が一年続き、李徴は、ある夜中、突然、発狂し森の中に駆け出します。
李徴は、夜の森の中を駆けているうちに、虎になりました。
そうして、李徴は行方不明になりました。

その翌年、袁傪という男が、商於の地に泊まりました。暗いうちに出発しようとすると、近くの者に、この先の道には、人を食らう虎が出るので夜が明けてから通る方がよいと忠告される。
しかし、袁傪は、忠告を聞かずに夜が明けないまま出発する。
歩いて行くと、虎が草むらから飛び出してきた。袁傪に飛びかかるかと思ったが、たちまち身をひるがえして草むらに戻っていく。そして草むらの中から、声が聞こえてきた。
袁傪は、その声が李徴の声であることに気づく。李徴にとって、袁傪は親友であった。
李徴は、自分が虎になった経緯を話して、袁傪に頼みごとをしました。
それは、李徴が作った詩を伝録することでした。
袁傪は部下に、李徴の詩を書きとらせました。袁傪は李徴の詩を聞きながら、秀逸さに感嘆としながらも一流の作品になるにはどこが欠けているところがあるのではないかと思います。
李徴は、詩を書き取らせた後、自分は、臆病な自尊心と、尊大な羞恥心のせいで、虎になってしまったのだと、袁傪に語り始める。
李徴は、本当は才能の不足を知ってしまうことと、一生懸命才能を磨くことを面倒くさがっただけで、一生懸命才能を磨いて詩家となったものがたくさんいるということにいまさら気づいた、と語る。そして、それを思うと、後悔が絶えない、と。
李徴は、その後悔に堪らなくなったとき、山の頂に登り、慟哭する。

夜が明け始めて、別れの時間が迫ってくる。
最後に、李徴は、妻子のことを頼み、草むらから慟哭した。
そして、袁傪の帰路の際は、決してこの道を通らないでほしいと言う。今度出会ったときは、自分が袁傪と気づくことが出来ずに襲いかかるかもしれないから。
そして、別れて、前方にある丘に登ったら、こちらを振り返ってほしいと言った。
袁傪一行が丘を登り、振り返ると、一匹の虎が茂みの中から現れ、月を仰いで、二度咆哮し、元の草むらへと帰っていって、再びその姿を見なかった。

感想

山月記には『人虎伝』という元ネタがある。『人虎伝』は中国の作品で、清朝(1616年 - 1912年)の説話集『唐人説薈』中の「人虎伝」(李景亮の作とされる)です。

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もっと詳しく、また他の作品もサイトにて公開。
https://blog.saitalk.com/entry/2019/01/25/120905
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