何にも束縛されない精神とそれが現実の時間を過ごすということ

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デュシャンは語る (ちくま学芸文庫)

絵描きであるということには,実際何の意味もないのです.それは今日でも確かな事実です.人が絵を描くのは,いわゆる自由な存在でありたいからです.毎朝毎朝,会社へ出かけていくのは嫌なのです.(p039)

どんな物体でも,太陽が地面の上に作る射影のように,二次元になりますー.(p075)
『大ガラス』の中の「花嫁」を,四次元のオブジェの投影としてつくったのです.(p076)

芸術家の手仕事的隷属に対する一種の知的な地位(図書館司書)の確立 (p079)

クールベ以来,絵画は網膜に向けられたものだと信じられてきました.誰もがそこで間違っていたのです.
以前は,絵画はもっと別の機能を持っていました.それは宗教的でも,哲学的でも,道徳的でもありえたのです.
いつまでもこんなままではいけないのです.(p082)

お金を十分に稼いでいる人で,しかも彼ら自身,ほかに芸術家とか職人とか称している,暮らしを立てていけない人びとが存在していることを理解している人がいることが,よくわかっていたのです.(p122)

私にとって美術史とは,美術館に残されたある時代のもののことです.しかしそれは必ずしもその時代の最良のものとはかぎりませんし,実際にはおそらくその時代の凡庸さを示すものでさえあるでしょう.なぜなら,美しいものは,人びとが保存しようと思わないために,消え去ってしまうからです.(p138)

働くことよりも生きること,呼吸することの方が好きなのです.
各一瞬,各一回の呼吸が,どこにも描きこまれていず,視覚的でも頭脳的でもない作品になっている.それはある種の恒常的な幸福感です.(p148)

チェスについてのデュシャン著の論文のタイトル
『対立と動詞活用された盤の目が和解する』(p161)

私は何も期待していないし,何も必要としていないのです.人に懇願するというのは,必要の一つの形であり,その結果です.それが私にはないのです.
芸術家が自分は何かをつくる義務があると信じたり,大衆に尽くす義務があるとしたりするような社会的役割,それを芸術家に割り振るのは嫌なのです.(p168)

私は《存在する》という言葉を信じません.存在するという概念は,人間の発明したものです.(p189)

人は変わります.いずれにせよ,笑いながらすべてを受けいれるのです.それを,
あまり大げさに考える必要はありません.(p192)

ひとは,それ自体では良くも悪くもないのですが,ある種の自分の趣味の言葉を貯えていて,だからもしあなたが何かを見る場合,それがあなた自信の何か反映でなければ,あなたはそれを見てすらいないわけです.私は,それでも努力します.常に,少なくとも何か新しものを見るときは,私の中にあるそうした知識のようなものを棄てるように努めてきました.(p199)

感想

芸術家や独裁者の生き方に学ぶことは多い.デュシャンは,何ものにも囚われない自由な精神のまま,それでも現実に生きるため(当然のことながら)時には金を稼いで生きている.金を稼ぐことにも貧乏することにも他人と価値観が異なることにも,なんら苦痛を覚えていない.どこまでも自由であり,明晰であり,厭世的というのではないが,社会生活を拒絶したところがある,透明なガラスのようなひととなりがうかがえる.

デュシャンは語る (ちくま学芸文庫)

デュシャンは語る (ちくま学芸文庫)

  • マルセル デュシャン,ピエール カバンヌ

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