自分の中に毒を持て(岡本太郎 著)

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自分の中に毒を持て―あなたは“常識人間”を捨てられるか

第1章 意外な発想を持たないとあなたの価値は出ない―迷ったら、危険な道に賭けるんだ

自分らしくある必要はない。むしろ“人間らしく”生きる道を考えてほしい。

「安全な道をとるか、危険な道をとるか、だ」。どうしてその時そんな事を考えたのか今はもう覚えていない。ただこの時にこそ己に決断を下すのだ。旋律が身体の中を通り抜ける。この瞬間に、自分自身になるのだ、なるべきだ、ぐっと総身に力を入れた。「危険な道をとる」命を投げ出す気持ちで、自らに誓った。死に対面する以外の生はないのだ。

自分自身の生きる筋は誰にも渡してはならない。この気持ちを貫くべきだ。どこにも属さず、自由に自分の道を選択できる若者だからこそ決意すべきだ。新しく出発するチャンスなのだから。失敗したっていい。不成功を恐れてはいけない。人間の大部分の人々が成功しないのが普通なんだ。パーセンテージの問題で言えば、その99%以上が成功していないだろう。しかし、挑戦した上での不成功者と、挑戦を避けたままの不成功者とでは天地の隔たりがある。挑戦した不成功者には再挑戦者としての新しい輝きが約束されるだろうが挑戦を避けたままで降りてしまった奴には新しい人生などない。ただただ成り行きにまかせて虚しい生涯を送るに違いないだろう。それに人間にとって成功とは一体何だろう。結局の所、自分の夢に向かって自分がどれだけ挑んだか、努力したかどうか、ではないだろうか。夢がたとえ成就しなかったとしても、精いっぱい挑戦した、それで爽やかだ。

よく考えてみて欲しい。あれかこれかという場合に、なぜ迷うのか。こうやったら食えないかもしれない、もう一方の道は誰でもが選ぶ。ちゃんと食える事が保障された安全な道だ。それなら迷う事はないはずだ。もし食う事だけを考えるなら。そうじゃないから迷うんだ。危険だ、という道は必ず、自分の行きたい道なのだ。本当はそっちに進みたいんだ。だから、そっちに進むべきだ。僕はいつでも、あれかこれかという場合、これは自分にとってマイナスだな、危険だなと思う方を選ぶ事にしている。誰だって人間は弱いし、自分が大事だから、逃げたがる。頭で考えて、いい方を選ぼうなんて思ってたら、なんとかかんとか理屈をつけて安全な方に行ってしまうものなのだ。

現在のサラリーマンのほとんどはそういう悩みを、多かれ少なかれ持っていると思う。内心では、もっと別な会社や、別な道に進みたい希望を持っているんだが、踏み切れない。身の安全、将来を考えて仕方なく現在の状況に順応している人が驚くほど多いのだ。いつも言っている事だが、ただ、自分で悩んでいたって駄目だ。くよくよしたってそれは少しも発展しない悩みで、いつも堂々めぐりに終わってしまう。だから決断を下すんだ。会社を辞めて別の事をしたいのなら、あとはどうなるか、なんて事を考えないで、とにかく、会社を辞めるという自分の意志を貫く事だ。

人生を真に貫こうとすれば、必ず、条件に挑まなければならない。命をかけて運命と対決するのだ。その時、切実にぶつかるのは己自身だ。己が最大の味方であり、また敵なのである。今日の社会では、進歩だとか福祉だとか言って、だれもがその状況に甘えてしまっている。システムの中で安全に生活する事ばかり考え、危険に体当たりして生きがいを貫こうとする事は稀である。自分を大事にいようとするから逆に生きがいを失ってしまうのだ。己を殺す決意と情熱を持って危険に対面し、生き抜かなければならない。今日の、全てが虚無化したこの時点でこそ、かつての時代よりも一段と強烈に挑むべきだ。

(感想へ続く)

感想

何をすればよいのか、それが分からない、と言うが、それが普通だ。誰もが何かしなきゃいけないと思っている。その“何か”が一体何なのかよく考えてみるとてんでわからない。こういう悩みは誰もが持っている、多くの人がそうだ。では、どうしたらいいのか。人に相談したって仕方がない。まずどんな事でもいいからちょっとでも情熱を感じる事、ひかれそうな事を無条件にやってみるしかない。情熱から生きがいが湧きあがって来るんだ。情熱というものは“何を”なんて条件付きで出てくるもんじゃない、無条件なんだ。何かすごい決定的な事をやらなきゃ、なんて思わないでそんなに力まずに、ちっぽけな事でもいいから、心の動く方向にまっすぐに行くのだ。失敗してもいいから。何を試みても現実ではおそらく上手くいかない事の方が多い。でも、失敗したらなお面白いと逆に思って平気でやってみればいい。とにかく無条件に生きるという事を前提に生きてみるといい。

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