新しい認知の定着:「私は可愛い」が言いにくければ、「私は可愛いかもしれない」でもOK

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親に壊された心の治し方 「育ちの傷」を癒やす方法がわかる本 (こころライブラリー)

第2章 何が「育ちの傷」を生み出すか

子どもがいても親になれない大人たち

 いったい何が「しつけ」で、何が「虐待」なのか・・・講演先ではよく「虐待の定義」を聞かれることがよくあります。
 そんな時、私は「人の能力を最も伸ばすのは『良好な人間関係の中で安心して育つこと』です。したがって、それに該当しない子育てはどんな呼び方をしようとすべて虐待です」と答えています。

どんな家庭で起きるのか

(1)周囲から孤立している
 家族が親族、近隣等から孤立し、困った時に助けてくれる人がいない。人への不信感から助けを求めず孤立している。
(2)家庭が何らかのストレスにさらされている
 経済的困窮、夫婦の不和、夫婦間での暴力(DV)、家族の病気などのストレスにさらされ、家庭生活が危機に瀕している。ひとり親家庭や強いストレスの中で弱者であることもをいけにえにする、など。
(3)親が子育てをうまくできない
 親が統合失調症やうつ病などの精神疾患、アルコール依存症、神経症、軽度発達障害、知的障害である。または、若年などの問題で子育ての能力が不足している場合。
(4)親自身が虐待的環境で育っている。
 子育ての方法がわからず、自分がされたように子育てをしてしまう。これまでのいくつかの調査では、虐待を受けたことがある親が子どもを虐待する確率は20~30%と推測される。
(5)育てにくい子どもがいる
 子どもが知的な遅れや、発達障害や慢性疾患を有していたり、低出征体重児であるため、育てにくく手のかかる場合や、母親と子どもが離れる経験などがあり愛着関係がつきにくい場合など。

強制される「正しさ」

 以前出会ったある父親は弁護士でしたが、ひとり息子の学校の成績を上げるために竹刀をふりかざす猛烈なスパルタ教育を行ってきました。結局、息子は精神を病み、30歳を超えた今もなお自立困難な状態です。現在、父親は深く反省し、自宅で息子の世話をしています。

 このように、一見「子どものため」「しつけ」「教育」と見まごうばかりの親の強権ぶりも、ひとりの人間の将来を生育家庭が阻んだという面では立派な虐待であり、「育ちの傷」になります。親であるという立場を利用して、ひとりの人間を「ある特定の考え方」にはめ込もうとすることは、さまざまなリスクを背負うことでもあるのです。それが親からは「どんなに良いこと」と思えても、です。

 親として、伝えるべきことは伝えるという姿勢は大切ですが、その方法の検討、つまり「どう伝えるか」、そして長期的な視点、すなわち「待つ」心の余裕が必要です。

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