保守派を自称する浅学の輩、須らく西部邁の言を聞くべし

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保守問答

西部邁と中島岳志の対談。保守思想について縦横無尽な議論が展開される。論点は多岐にわたるが、興味を引いた部分のみ抜粋・要約する。
(刊行は平成20年。西部先生が入水し亡くなられたのは、その10年後の平成30年である。)

◼︎保守思想の三つの要素◼︎

①スケプティシズム(懐疑主義)

自分の認識を疑うこと。人間は間違いを犯しやすい。伝統の知恵にもとづいて認識せざるを得ない。

②オーガニシズム(有機体説)

社会や国家は、機械のように組み立てれば動くわけではない。有機体のごとく、時間をかけて複合的な相互作用の中で成長し続けている。

③グラデュアリズム(漸進主義)

急激な変革はうまくいかない。ものごとの変化は、一歩一歩少しずつの漸進でなければならない。

◼︎人間は不完全である◼︎

中島の言。

人間は非合理的で利己的な存在です。エゴイズムや怠惰、おごりなどを完全に払拭することなどできません。保守思想を追求する人間は、このような人間の根源的な「悪」を自覚し、理性の不完全さをしっかりと受け止めます。

◼︎保守思想と神の存在◼︎

中島によると、福田恆存は「神」や「超越」の重要性を繰り返し説いている。そして、進歩派の価値は「絶対者のいない絶対主義」であり、人間の不完全さを受け止めることのできない危険な態度だと批判しているという。

◼︎行動の人であれ◼︎

バークは哲学者であると同時に政治家であり、トクヴィルもオルテガもそうだった。保守思想は、実践的認識論であり、最終的には人間の人格をかけた生き死にの問題としてしか表現できない。自らの行動こそが表現の形式であり、そういう意味では、単なる知識人ではない。

◼︎戦前の日本は反保守だった◼︎

西部によると、北一輝の「国体論及び純正社会主義」(1906年)は、設計主義のたわごとである。また中島によると、岸信介は東大生の時に北一輝の思想にはまり、のちに官僚となって満州を理想的な国家に改造することを目指した。さらに言えば、「大東亜共栄圏」という発想も、設計主義である。このような歴史を無視した反保守的な流れが、「保守」という文脈で語られがちである。西部に言わせれば、こうした設計主義的な国策をとってしまったことが、最大の反省点たるべきである。

◼︎9条をめぐって◼︎

中島は、アメリカ主導の戦争に従うことになるとして、安倍政権の下での憲法9条改正に反対する。これに対し西部は、憲法を守るのもアメリカニズムの護持だと指摘する。西部の見解では、現在の憲法は、全文にわたって廃棄・改正されるべき代物である。(国際的な状況はどうあれ、憲法に守る価値はないというのが西部の意見であろう。この部分の両者の考えの違いは興味深い。)

◼︎余談◼︎

中島によると、福田恆存は、大東亜戦争を批判していた。戦争中に官職を辞し、「こんな戦争でやられてたまるか」とばかりに、自分の家に防空壕を掘り続けたという。
感想

西部先生の関心の中心には、正義や徳、あるいは真善美といった価値観があるのだということに、本書を読みつつ思い至った。自称保守の人の多くが、「国家の繁栄」を追求する。そういう人たちは親米でもある。西部先生は、そうした「利の追求」をいましめ、「理の追求」を説いているのだ。
あるいは、ドラッカーのような、「自由で機能する社会」を考える思想家にとっては、その関心は「社会の健康」にある。すなわち、社会が健康であって初めて、社会正義も実現すると考える。一方、西部先生にとっては、もし社会が不健康(つまり恐慌や戦争の惨禍の下)でも、徳は体現できるし、追求するべきだと考えるのではないだろうか。

それにしても、福田恆存の「絶対者なき絶対主義」という指摘は、まさに我が意を得たり。神なき日本人は、右は天皇、左は憲法と、絶対ならざるものを絶対化しようと理論武装している。
(平成30年10月12日読了)

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