1800年代アメリカ南東部ノースカロライナ州に奴隷として生まれた少女の自伝

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ある奴隷少女に起こった出来事 (新潮文庫)

 1813―1897年アメリカで奴隷として生きた女性ジェイコブズの自伝。
 日本では江戸末期から明治期にあたる(シーボルド事件~日清戦争)。
 本書は長らく白人女性の創作と考えられていたが、実話であると証明され近年再発見された書。発行当時は関係者が存命であった為、仮名が多用されている。
 当時、奴隷は白人との混血がすすみ、見た目では奴隷か否かがわからない(白人に見える)ことも多かったようだ。アメリカ南部にも自由黒人(奴隷から解放された黒人)はおり、主人公の祖母は主人公が10代の頃自由黒人となった。

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 主人公リンダは奴隷として生まれるが、父が腕の立つ大工であり、(父の)所有主の特別の計らいにより、母が死ぬ6歳まで自分が奴隷であることを知らなかった。
 12歳の時、母の乳兄弟であるリンダの所有者が死ぬと、遺産分配により好色な医師フリントの娘の奴隷となる。

 当時、白人紳士は奴隷との間に子供を作ることは珍しくなく「子供は母親の属性を受け継ぐ」と法で定められていたため、子供を作ることで自身の”資産を増やせる"という事実があった。

 奴隷は原則結婚ができず、競売にかけられ、夫や子供達とバラバラに売り飛ばされるのが常であった。

 医師フリントは奴隷に10人以上子供を産ませており、年ごろになったリンダに関係を迫るようになる。フリント夫人の激しい嫉妬にも晒され、淡い恋心を抱いていた黒人男性と別れ、逃げられなくなったリンダはフリント医師とは別の白人男性と関係を持ち、フリント医師から逃れようとする。

 激怒するフリント医師をしり目に、リンダは子供を二人出産。子供の父親であるサンド氏はリンダと子供を買い取ろうと画策するがフリント医師は応じない。

 リンダを自分の想い通りにしようとするフリント医師に子供たちが利用されることを恐れたリンダは逃亡を決断。
 逃亡した奴隷は捉えられ、一日中鞭で打たれたり、惨い殺され方をすることが常であり祖母は反対するが、奴隷仲間や親切な白人夫人に助けられ、最後には祖母も協力してくれ、祖母の家の屋根裏に7年間息をひそめて隠れ続ける。

 リンダの子供達と弟が売りに出された時、(おそらく)子供たちの父親サンズ氏が買い取ってくれる(売買契約書の名義はリンダの祖母)。サンズ氏は政治家を目指し、リンダの弟を重用するが、弟は北部で彼の元から逃げる。
 月日が流れ、政治家になったサンズ氏は新たに妻を迎える。フリント医師の執拗な追跡は続き、リンダの子供の売買は(正規の所有者であるフリント医師の娘が未成年の為)無効だと主張する。リンダとの子供はサンズ氏の従妹の娘のもとに送られてしまう。

 機会を得てリンダも北部に逃げ、娘と再会するが、娘は幸せとは言い難い生活をしていた。息子を呼び寄せるものの、逃亡奴隷を取り締まる法律の強化や執念深いフリント医師の捜索からの逃亡は続く。

 フリント医師が亡くなり、北部で知り合い友人となった白人女性がフリント医師の娘からリンダと彼女の子供たちの権利を買い取り、リンダ達は自由となる。

感想

 彼女が嫌悪する自身の所有者フリント医師(仮名)のような方は現在も多数いらっしゃいますな。自身が善良な紳士と信じて疑わないモラハラ男性の姿が重なりました。もっとも、彼女は彼の所有”物”と法的に認められているため、現代より数十倍過酷なのは想像に難くありません。彼女が奴隷制を嫌悪するのは、そのためでしょう。倫理は絶対値で行使されるべきものですが、社会的生き物である私達は”相対値”で判断しがちです。
(皆がやっているから、法で認められているから、他の人に比べれば→私は悪くない)

 制度を整えることは大切ですが、制度がなければほぼ間違いなく同じことが繰り返されるであろうこと(もしくは、形を変えてすでに繰り返されていること)は、問題の根深さを想起させます。これは臨場感あふれる映像に落として世に出した方がよい本かもしれません。

ある奴隷少女に起こった出来事 (新潮文庫)

ある奴隷少女に起こった出来事 (新潮文庫)

  • ハリエット・アン ジェイコブズ

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