初めて当事者が語った精神障がい者家族会の「タブー」と「リカバリー」

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当事者が語る精神障がいとリカバリー――続・精神障がい者の家族への暴力というSOS

 本書は「精神障がい者の家族への暴力というSOS」の続編だ。大阪大学大学院の蔭山正子准教授が切り込んだ「当事者がなぜ家族に暴力を向けるのか」という前著の問いに対し、当事者自身が初めて実体験で答えた画期的な書だ。精神障がい者に対する根深い偏見や差別を払拭するためリカバリーへ理解を深める試みである。
 全ての精神障がい者が暴力を振るうわけではないが、精神障がい者の「暴力」というと従来「重大な他害行為」を彷彿とする。だがYPS横浜ピアスタッフ協会の編著者代表の堀合悠一郎さんのように多くの精神障がい者は家庭内で起きる暴力を経験した後、別人のように穏やかで社交的なとても良い人になってゆくという認識は社会的に深まっていない。
 YPSの執筆陣の中には10〜20代という青春時代に発病した当事者もいる。彼らの多くは引きこもり輝ける人生の若き日々を実直に「精神障害」や「暴力」と向き合い続けてくるしかなかった。暴力が誰かの身体や心を傷つけるに至らない時「リカバリーの過程で『成長の道しるべ』として自分の解釈の変化をもとに『変化を起こす暴力』がある。だが暴力の後には後悔と自責の念が必ずある」と悠一郎さんは語る。それでも「家族会の中でもタブー視されている暴力も自ら語ってしまえば、そのことはタブーではなくなる。自らの体験を開示する者に対してあらぬ偏見を持つことはできないはずだ」と希望を見る。
 また統合失調症の陰性症状とは、よく「怠けている」と世間から誤解されがちだ。しかし意欲が低下し思考障害を伴う当事者が「一時的でも自分の能力を下げる可能性のある薬を飲みたいと思うか?」と疑問を投げかける。
 蔭山氏は「薬を服用するには相当の覚悟がいる」ことを知り「過去の自分を忘れられない当事者のことを『あの人はプライドが高い』とよく表現することは間違っていると感じた。若くして自分が本来持っている能力が下がることは誰しも受け入れ難い。薬を飲みたくないと思って当然だ。当事者の気持ちをもっと聴かなければ」と自戒する。
 本書には珠玉の当事者の想いが詰まっている。「医療保護入院し、ナースステーションで無視された結果キレやすくなる。身体を拘束されて正式名称『保護室』俗名『反省室』へと連れられ鍵付きの個室で数週間過ごす」など医療への不信を募らせたYPSの堀合研二郎さんらの訴えがある。
 2010年6月「行動制限最小化委員会」発足以降、逆に看護師に隔離拘束の権利を公式に認めただけでその数は倍増した。
 精神医療の在り方が家族への暴力と繋がる主因は家族と医師間だけの合意で成り立つ医療保護入院だ。入院ありきの地域医療にも責任がある。在宅医療が充実すれば入院せず済み当事者が傷つかず、家族も恨まれないはずだ。
 こうした苦境を乗り越えて急性期から回復期へと移行した当事者がリカバリーへのプロセスを経る。だが退院後の社会復帰には高いハードルがある。デイケア、地活、ピア、就労。「オープンでの就職が難航する。バイト以上のものになると急に見つからないジレンマが辛かった」とYPSの根本俊史さん。
 ではSOSを発するには?NPO法人Green Wind「やまぶき工房」施設長でYPSの福島政雄氏は次のように語る。「自らを弱者であると認めた上での強者への『助けて』は物凄いパワーを持っている。助けてと言える才能は覚悟だけ」とし「『誰もが自由に安全に自分を表現できる場所』=『NFO(NO FAMILY ORG.)』を提案する。既存の家族にとどまる必要はない包括機関だ」と謳う。家族と当事者の希望の光となることを共著者は願っている。

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