「江戸しぐさ」は夢か現か?

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江戸しぐさの正体 教育をむしばむ偽りの伝統 (星海社新書)

「江戸しぐさ」に関する本は私もいくつか読んだことがある。その多くは礼儀作法や教育に関することについて取り上げられており、啓蒙の模範になるものばかりだった。本書の冒頭にも書いてあったのだが、マナー啓発ポスターにも「江戸しぐさ」が使われていたのだという。
しかし、「江戸しぐさ」は果たして歴史的観点から本当に啓発できるものなのか、本書はそのことについて「批判的」に検証を行っている。

第一章「「江戸しぐさ」を概観する」

私自身認知しているのは、マナー本や自己啓発に関する本しか見たことがないのだが、「江戸しぐさ」と言う言葉、あるいはあり方は社員研修や市民講座、さらには学校教育に至るまで広がりを見せているのだという。しかも「江戸しぐさ」をあたかも模範の如く扱われた。

第二章「検証「江戸しぐさ」 パラレルワールドの中の「江戸」」

「江戸しぐさ」の中で代表されるものとして、

  • 「傘かしげ」-「肩引き」-「こぶし腰浮かせ」

の3つがある。その3つとも江戸時代に行われてきたのかというと、著者曰くそれらは全て、1980年代から「江戸しぐさ」と言う言葉と共につくられた「創作」であるという。中には江戸時代どころか、昭和の時代背景にあわせて「江戸しぐさ」がつくられた節があると著者は指摘している。

第三章「「江戸しぐさ」の展開 越川禮子と桐山勝」

しかしそういった「江戸しぐさ」を誰がつくったのか、そして誰が展開したのだろうか。
つくったのは第四章でも取り上げるのだが芝三光(しばみつあきら)氏である。そして展開させたのは、その芝三光氏との出会いによって触発され「江戸しぐさ」を広めていったのは、本章のサブタイトルにある「NPO法人・江戸しぐさ」の初代理事長である越川禮子氏、そしてその越川氏の弟子である桐山勝氏であるという。
本章ではその経緯について事細かに語られている。

第四章「「江戸しぐさ」の誕生 創始者・芝三光と反骨の生涯」

第三章の中で江戸しぐさをつくったのは芝三光氏と書いたのだが、果たしてどのような経緯で誕生したのか。本章では芝三光の人生とともに、なぜ「江戸しぐさ」を生んだのかについて検証を行っているが、そもそも芝三光はペンネームであるという説もあれば、生年も諸説あり、はっきりしていない。ただ「江戸しぐさ」の誕生の理由として戦前の軍国主義、ひいては明治政府における政策への「反骨」から、江戸時代の研究を行い、江戸しぐさをつくりあげた。但し、現在において流布されているものはその一部分どころか表面的なものに過ぎないという。

第五章「オカルトとしての「江戸しぐさ」 偽史が教育をむしばむ」

芝氏は「江戸しぐさ」を創り出したものの、広げることを恐れていた。しかし皮肉にも「江戸しぐさ」はあたかもオカルトの如く広まってしまった。その原因はいったい何なのか。著者は偽史とよばれる歴史書に関する「嘘」についての研究を進めているが、それを絡めながら取り上げている。

第六章「「江戸しぐさ」教育を弾劾する 歴史教育、そして歴史学の敗北」

「江戸しぐさ」は批判に晒されることなく、教育現場・企業にまで発展していくことになってしまった。本来であれば「江戸しぐさ」について歴史学の観点などから検証をすべきはずだったのだが、それが行われていなかったこと、そして本書の様に批判的な検証すらできていなかったことにより、盲目的に信じてしまう人々が多くできてしまったことにある。

感想

本書を見るに「江戸しぐさ」は元々江戸時代からあったマナーではないことは確かであり、芝三光氏の創作であったといっても過言ではなかった。ただ芝氏は江戸時代の研究・啓発を行った事、そして江戸しぐさが一方的に広まることは良しとしていなかったことを鑑みると、一方的に「芝氏が悪い」ということは短絡的過ぎる。もっと言うと芝氏の死後、現在のように広がってしまったことを見ると、天国にいる芝氏はどう見ているのか、知りたくもなってくる。ともあれ信じ込まれている「江戸しぐさ」を礼賛する風潮に一石を投じたことは間違いない。

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