息子から見た監督・大島渚の生涯と言葉

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君たちはなぜ、怒らないのか 父・大島渚と50の言葉

映画監督・大島渚が2013年に亡くなって2年の月日が経過した。映画ファンであれば「愛のコリーダ」や「御法度」という映画で有名であったということは百も承知なのだが、そうでない方であれば怒る、時として怒鳴るコメンテーターとして有名であった。そういえば戒名は「大喝無量居士(だいかつむりょうこじ、Wikipediaより)」とあるため、「大島渚=怒る」というイメージは定着していると言っても過言ではない。

本書は息子2人がこれまで父親・大島渚の生涯について50の言葉とともに綴っている。

第一章「青春、そして人生」

「何言ってんだ、バカヤロー」(p.75より)]

この言葉は討論番組で大島渚が何度も発言したものである。ただ、こればかり発言しているだけではなく、感に障る、あるいは意見がおかしいと感じたときに、色々なヴァリエーションを加えて、語尾に「バカヤロー」と言う。討論番組を長年視聴している方であればその光景をよく見ることだろう。
もちろんその「怒り」は、

「深海に生きる魚族のやうに、自らが燃えなければ何処にも光はない」(p.14より)]

という自ら座右の銘にしていた昭和初期の歌人・明石海人の言葉に沿ったものなのかもしれない。

第二章「映画、かく語りき」

大島渚は22歳で松竹に入社し、大船撮影所に入った。入社してわずか5年で監督第一作を撮ることになった。その後ヒット作を次々と生み出し「松竹のヌーベルバーグ」「日本のヌーベルバーグ」の異名をつけられるようになった。この「ヌーベルバーグ」はフランス語で「新しい波」を表しており、英語では「ホープ」と同じである。
しかし大島渚はその言葉に対して、

「ヌーベルバーグを撲滅せよ!」(p.94より)]

と鼓舞した。

第三章「父から息子への教え」

息子2人が父親から何を学んだのか、青春とは何か、考えることとは何か、感謝についてなど多岐にわたっている。大島渚の言葉をもとに取りあげている。

第四章「病後 生と死を見つめて」

1996年に病に倒れたが、それから生と死の狭間にいながら生きてきた。もちろんそのときにもTV番組に出演していた。その時代には、今まで送ってきた映画人としての人生を振り返るとともに、一人の「大島渚」としてどうあるべきかを考えつくした時でもあった。

感想

本書のタイトルはまさに「大島渚」を象徴づけるものであり、その「怒り」は本職である映画のみならず、様々な場で「怒り」をこみ上げ、そしてぶちまけていった。その「怒り」は大島渚なりの「愛」を持っていたのかもしれない。そのことを本書でもって息子2人は伝えたかったのかもしれない。

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