カタカナは深く、それでいて広い。

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日本語にとってカタカナとは何か (河出ブックス)

日本語には様々な種類が存在する。ひらがな・カタカナ・漢字とあるので、その組み合わせによって、日本語には繊細な表現をすることができる。その中でもカタカナはいったいどのような存在なのだろうか。本書はドラマなど最新のエピソードを交えて定義づけている。

第一章「日本語はかわいい!」

「かわいい」と言う言葉はクールジャパンが隆盛していったとともに、「Kawaii」と言う風に外国語でも通じる言葉となった。その日本語が「かわいい」要因となったのは、マンガやアニメに出てくるオノマトペがそうさせたのだという。

第二章「<カタカナ>は疑似の文字」

では、カタカナはいつ頃から使われ始めたのか、その歴史的な経緯を取り上げている。元々明治時代以前から吉備真備(きびのまきび)によってつくられたものだと認識され、使われていたという。しかし真備によってつくられた説について本章にて異論を唱えている。

第三章「言葉と祈り」

本章ではカタカナのみならず、言葉がいかにして伝来し、進化していったのか、と言うことについて取り上げられている。「祈り」とは仏教と深い関係があることからそう名付けられている。

第四章「円仁とカタカナ」

言葉の進化の上で重要な人物として「円仁」を取り上げている。円仁は平安時代初期に生きた大師であり、天台宗の座主(第3代天台座主)であるが、修行のなかで当時「唐」の王朝にあった中国大陸に渡り、そこでサンスクリット語を学んだ。その発音をカタカナの形で発音を書いたことから「カタカナ」のゆかりがあったと言われている。

第五章「正しく読めるか」

カタカナのような形で読まれるものとして「法華経」が存在する。平安時代には「法華経」が多く読まれたのだが、それについて正しく読めるのかということについて取り上げたのが本章である。

第六章「<カタカナ>と<ひらがな>の世界」

言葉の研究は円仁から押し進めていくようになり、仏教のなかでも広まっていった。それが和歌などにも影響を受け、ひらがなも使われるようになってきた。その両方の世界はどのようにして発展していったのかについて平安から鎌倉時代にかけての歴史を交えて紹介している。

第七章「南蛮渡米の地平線」

日本に初めてキリスト教が伝来したのは1534年、イエズス会という組織が当時「明」王朝にあった中国大陸の伝来を経て、1549年にフランシスコ・ザビエルが来日したことから始まった。そのイエズス会が母国語と日本語を比較し、対訳辞書をつくっていったことで、カタカナがさらに広がっていった。

第八章「江戸に言葉の花が咲く」

江戸時代には鎖国政策により外国の文化が取り入れられなかったと考えられているのだが、中国大陸とオランダから文化は取り入れられていた。そのことから漢学や蘭学とよばれる学問もできるようになった。そこから言葉が広がりを見せ、あたかも「花が咲く」ようになっていった。

第九章「カタカナ語論」

そうして日本語には数多くのカタカナ語が出てくるようになり、「氾濫」と言う言葉でも当てはまるようにまでなっていった。しかしそのカタカナ語について排斥するような動きも無いわけではなかった。大東亜戦争前後における「言語統制」もあるのだが、ほかにも戦前にとある哲学者が外国語・カタカナ語に対する排斥の意見を新聞で取り上げたことが挙げられる。

感想

日本語は進化をする。その進化によってカタカナ・ひらがなが生まれ、さらに語彙が広がりを見せていった。その進化は誰に求められることなく、それが日本の文化として取り入れられている。もちろんそれはこれからも起こる。本書はその課程を知ることのできる一冊である。

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