ツキ・運には波がある。では、それをたぐり寄せるにはどうすべきか?

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ツキの波 (新潮新書)

「ツキ」というのは何とも説明しがたいものであるのだが、その性質を知り、利用することができる方々もいるという。いわゆる「流れをつかむ」といのがあるのだが、実際にツキの波をいかにしてとらえ、つかんでいくのか、本書は「日とは見た目が9割」というベストセラーを上梓した著者が論じている。

第1章「運の総量は一定である」

「ツキ」について、力道山はもちろんの事、タモリ、さらには阿佐田哲也(色川武大)など、いろいろな人物を引き合いに出している。その中で取りあげられたのが勝負にしても全て勝つというわけではなく、少しでも勝ち越すというような考え方の方が良いという。その理由として本章のタイトルにあるようにツキは誰しも一定であるから、その一定の量をいかにして使うかを考える必要がある。

第2章「直感は考え抜いた末に出来上がる」

直感というと、何も考えずに感触で物事をとらえるように見えるのだが、実際には熟考したなかで、直感が生まれるという。そのことについて、阿佐田哲也と「東大式」でおなじみの井出洋介の麻雀の理論を引き合いに出しながら考察を行っている。

第3章「勝利は終末への第一歩」

勝利を渇望している世の中であるが、その勝利は幸福ばかりではなく、「破滅」などの終末に向かうというリスクも存在する。なぜそのことを取りあげたのかというと、阿佐田哲也の著書の中に科学などにおける発明による「勝利」があるという。

第4章「ヒットを打つよりフォームを固めよ」

勝負について勝利をするようなことよりも、むしろ勝負に対する「型」を持つべきであるという。それはまた阿佐田哲也の提示した「掟」について取りあげられている。

第5章「真理は市民社会の外にある」

世の中の「真理」とはどのようなものがあるのか。その答えは「市民社会の外」と本章のタイトルにて定義されているが、その要因とはいったいなのか、そのことについて論じている。

第6章「「運の達人」たちに学ぶ」

本章で取りあげる「運の達人」は阿佐田哲也以外に、松下幸之助、山本五十六、三原脩、兼好法師などを引き合いに出している。

感想


本書を見るに阿佐田哲也など数多くの有名人を引き合いに出して、あたかも「人の褌をとる」ような事をしている印象が強かったのだが、その理由にはマンガ「哲也 雀聖と呼ばれた男」の原案をつとめた「さいふうめい」と同一人物だからである。このマンガをつくった背景として数多くの阿佐田哲也の文献を読みあさり、その中で「運」の事についての気づきがあったため、本書を上梓したのかもしれない。

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