下流志向から勉強名言を紹介!

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下流志向〈学ばない子どもたち 働かない若者たち〉 (講談社文庫)

勉強名言

学びというのは、自分が学んだことの意味や価値が理解できるような主体を構築してゆく生成的な行程です。学び終えた時点ではじめて自分が何を学んだのかを理解するレベルに達する。そういうダイナミックなプロセスです。

本来育児って、すごく時間のかかる仕事であって、自分の育児が成功したか、失敗したかなんてことは、子どもを持つとわかるけれども、二十何年たってもよくわからないものでしょう。よくわからないのが当たり前だと思うんです。

答えることのできない問いには答えなくてよい

教室は不快と教育サービスの等価交換の場となるわけです

コミュニケーションというのは、本来は「わかること」だけをやりとりするものじゃなくて、「わからないこと」を「わかること」に組み入れてゆくということ

「青い鳥」を求めて、「こことは違う場所」を求めて、「今、ここでベストを尽くすこと」を拒否しているうちに、どうにも身動きならなくなってしまった。ニートはそのようにして形成されてきているのではないか

以前テレビ番組の中で、「どうして人を殺してはいけないのですか?」という問いかけをした中学生がいて、その場にいた評論家たちが絶句したという事件がありました。でも、これは「絶句する」というのが正しい対応だったと僕は思います。

失敗の責任を他人に押しつけて、自分には何の過誤もなく、自分のやったことすべて正しかったということにすると、その「正しいふるまい」を繰り返さなければならなくなる。人間はそうやって失敗に取り憑かれます。

教師が差し出す教育的サービスを「そんなもの、要らない」と拒絶することは、これまで人類が営々として築いてきた知的構築物を一蹴するに等しい行為ですから全能感があって当然です。

子供たちが、自分たちには学力がないとか、英単語を知らないとか、論理的志向ができないといったことを多少自覚していても、そのことを特に不快には思っていない

どうしてこういうことになったのか。それは、日本人全員がビジネスタームでものを考えるようになったからだと僕は考えています

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