三国志 演技から正史。そして史実へ

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三国志―演義から正史、そして史実へ (中公新書)

三国志を読んだことがないならともかく嫌いだという人は少なくないのではないだろうか。三国志は古い時代からシナと日本で読み継がれ人々を魅了してきた。
漫画、小説、ゲームと三国志をモチーフにした作品が多数あり人気である。
しかし大半の人々がイメージする三国志像は虚構である。大抵の作品は、三国志演技を下敷きにした物だからだ。三国志演技自体がフィクションである。しかし陳寿が書いた三国志の正史も偏向が付きまとう。羅貫中と陳寿の歴史的背景や時代も違う。そのためどうしても内容の微々の差異や偏向がつきまとう。
そこでこの著作を書いた渡邊氏は三国志演技と正史三国志を参考にし様々な視点から三国志を見つめ直す。そこで史実の世界を見つけだそうとした面白い企画でもあり著作である
日本では、曹操と聞くと英雄のイメージがあるのではないかと思うが中国では全く違う。始皇帝同様、暴君、残酷な独裁者というイメージだ。三国志演技で羅貫中は曹操を悪魔化させ悪役として書いている。しかし、陳寿の方では曹操は英雄として描かれている。中国の詩に通じていない人はご存知ないかもしれないが曹操は中国の文学、詩にかなり精通していた。文学者や詩人を魏で積極的に優遇もしている。それと孫子兵法の注をつけた曹操監修の孫子もある。曹操自身も優れた軍事的才能を持っていた。しかしそれだからと言って兵法書の注を出来るわけではない。曹操の優れた文章力、つまり文才によって事は成し遂げられたのである。
屯田制など優れた政策も行う。これは名君として名高い李世民にも影響を与えている。曹操は中国では暴君、奸雄として扱われており乱世の奸雄とも三国志では書かれているがしかしそうではなく、乱世の英雄であると私は思う。毛沢東が中華人民共和国を設立した後に積極的な曹操再評価をしている。毛沢東自身も遊撃戦論など優れた軍事書を書いてるし、詩でも傑出した才能を発揮した為、どこか自身と重ね合わせた部分もあるのかもしれない。
董卓は暴君として悪名高いが、しかし権力を握った初期の頃は有能な名士を採用したりしている。董卓が暴虐な人物は間違いないが曹操、諸葛亮、劉備と同様に有能な人物を見出す才能はあったようだ。
劉備と諸葛亮は三国志演技では、関係の良い君主と忠臣として描かれているが実際の所は所々でいさこざはあったようである。諸葛亮は演技だと魔術のような術を用いて司馬懿などを苦しめるがこれもフィクションであり通常行われる作戦で軍事活動を行なっていた。
この著作を読むとこれまでの三国志の人物像は、結構変わるのではないだろうか。演技も正史も面白いが史実も史実で面白い。しかし三国志が我々日本人と中国人を魅了し続ける事は変わる事はないのではないだろうか。

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