ドラッカーが自らのマネジメント論を体系化した「マネジメント」からドラッカーの名言を紹介!

3271viewsmaikomaiko

このエントリーをはてなブックマークに追加
マネジメント[エッセンシャル版] - 基本と原則

ドラッカーの名言

公的機関不振の原因は、まさにそれが企業でないところにある。公的機関において企業のようにマネジメントするということは、単にコストの管理を意味するにすぎない。公的機関に欠けているものは、成果であって効率ではない。効率によって成果を手にすることはできない。

何が正しいかだけを考え、誰が正しいかを考えない

イノベーションの成功率は10%程度である。しかるがゆえに、イノベーションの目的は高く設定しなければならない。

これからは知識労働者のほとんどが、それぞれの職能別の本拠を持ちながら他の職能や専門分野の知識労働者とともに一つのチームをつくって働くことになる

人にとって働くことは重荷であるとともに本性である。呪いであるとともに祝福である。それは人格の延長である。自己実現である。自らを定義し、自らの価値を測り、自らの人間性を知るための手段である。

成長そのものを目標にすることはまちがいである。大きくなること自体に価値はない。よい企業になることが正しい目標である

優先順位が必要である。あらゆることを少しずつ手がけることは最悪である。いかなる成果も挙げられない。まちがった優先順位も、ないよりはましである

働きがいを与えるには、仕事そのものに責任をもたせなければならない。そのためには①生産的な仕事②フィードバック情報③継続学習が不可欠。

成功は愛着を生み、思考と行動を習慣化し、過信を生む。意味のなくなった成功は、失敗よりも害が大きい。

「われわれの事業は何か」との問いには、ほとんどの場合、答えることが難しい問題である。わかりきった答えが正しいことはほとんどない。「われわれの事業は何か」を問うことこそ、トップマネジメントの責任。

伝統的なミドルは命令する人だった。これに対して、新種のミドルは知識を供給する人である。伝統的なミドルは、下に向かって、すなわち自分に報告する人間に対して「権限」を持つ。

権限と権力とは異なる。マネジメントはもともと権力を持たない。責任を持つだけである。その責任を果たすために権限を必要とし、現実に権限を持つ。それ以上の何ものも持たない。

リスクを皆無にすることは不毛である。最小にすることも疑問である。得るべき成果と比較して冒すべきリスクというものが必ずある。

マネージャーは起業家でなければならない。イノベーションのための組織をつくり、動かすことを学ばなければならない。

理想的な組織とは、会議なしに動く組織

企業の目的を使命と定義するとき、出発点は一つしかない。顧客である。

人の心は、期待していないものを知覚することに対して抵抗し、期待するものを知覚できないことに対しても抵抗する。

多くの問題は中間にある。何とかなるわけではないが、危険に陥るというわけでもない。大きな機会ではあるが、変革の機会というよりは改善のための機会にすぎない。

企業の目的は、顧客の創造である。したがって、企業は二つの、そして二つだけの基本的な機能を持つ。それがマーケティングとイノベーションである。マーケティングとイノベーションだけが成果をもたらす。

未来は断絶の向こう側にある。だが未来は、それが現在といかに違ったものになるとしても、現在からしか到達できない。未知への跳躍を大きくしようとするほど、基礎をしっかりさせなければならない。

働くものが満足しても、仕事が生産的に行われなければ失敗である。逆に仕事が生産的に行われても、人が生き生きと働けなければ失敗である。

感想

ドラッカーは言葉は難しいが、非常に参考になります。働けば働くほど伝わってきます。

このまとめと関連のあるカテゴリー

関連まとめ

本のまとめカテゴリー


コメントを書く