十返舎一九「東海道中膝栗毛」

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東海道中膝栗毛 21世紀版少年少女古典文学館 [kindle版]

弥次さん喜多さんが繰り広げる、ユーモア満載へっぽこ道中記

女房を亡くして独り者の弥次朗兵衛と、居候の喜多八。年老いてからの話の種に、あちこちの名所を見ておこうと家財一式売り払い、身一つで江戸日本橋を出発し、大坂へと向かう旅がはじまった。当時の旅は徒歩。夜になれば宿場で泊まる。「おとまりはよい程谷ととめ女戸塚前てははなさざりけり」(お泊りはどうですかと引き止める女が、客をとっつかまえて離さない/「保土ヶ谷」「戸塚前」の地名を織り込んでいる)などと洒落のめしながら、旅を続ける。

当時の宿には「飯盛」と呼ばれる売春婦がいることが多い。また、泊まり客に女がいることもある。弥次朗兵衛も喜多八も毎度のようにちょっかいや夜這いをかけてヘマをやらかす。蒲原では屋根裏に寝ている女に夜這いをかけて床を踏み抜き、仏壇の中に落ちて宿の主人に叱られる。また日坂では、若い巫女の布団に弥次朗兵衛がもぐりこんで口づけしてみれば、先によろしくやっていた喜多八だったという間抜けな始末。しかも若い巫女と思っていたら婆さんの巫女だったので喜多八もがっかり。「いち子とおもふてしのび喜多八に口を寄せたることぞくやしき(巫女だと思って忍び寄り、喜多八に口づけしたとは悔しいことだ/巫女が死者を呼び出す「口寄せ」と掛けている)」といった具合だ。こうして行く先々で騒ぎを起こしながらも、二人は常に歌や洒落にして明るく旅を続ける。

失敗は女がらみのことばかりではない。泊まった宿の五右衛門風呂の仕組みがわからず下駄を履いて入り、足を踏み鳴らして風呂釜を壊し、修理代を払わされる。船の中で小便をする竹筒の使い方を間違えて船の中を小便だらけにして叱られる。行く先々の事件には事欠かない。そんな滑稽な道中だが、それでもお伊勢さんに参拝する段には「ありがたさに、まじめとなりて、しゃれもなく、むだもいはねば」という神妙な態度の二人であった。

伊勢からは京都と大坂をたっぷりと見物。もちろん弥次喜多のことであるから相も変わらず、京都の寺では、柱に開いている穴を、弥次朗兵衛が無理にくぐろうとして抜けなくなり一騒動。宿に泊まっては砂糖漬けの壺と間違えて、骨壺からうっかり骨を食べてしまう。怒る骨壺の持ち主にも洒落で返して笑いで許してもらう。いつも大らかでめげない弥次喜多に惚れ込んだ豪商が、帰りの旅費を工面する。大坂を出発し、草津や長野で遊びながら二人は江戸へ帰るのだった。

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