「平家物語」(作者不詳)

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平家物語 ビギナーズ・クラシックス 日本の古典<ビギナーズ・クラシックス 日本の古典> (角川ソフィア文庫) [kindle版]

サムライスピリットの原点

いくさは又おやも討たれよ、子も討たれよ、死ぬれば乗りこえ乗りこえ戦ふ候。西国のいくさと申は、おや討たれぬれば孝養し、いみあけてよせ、子討たれぬれば、その思ひなげきによせ候はず。兵糧米尽きぬれば、春は田つくり、秋はかりおさめてよせ、夏ははつしと言ひ、冬はさむしときらひ候。東国にはすべて其儀候はず。

平安時代末期、幼くして即位した安徳天皇は平清盛の孫であった。これにより、天下の実権はことごとく清盛一門の掌握するところとなる。京の都でも地方の諸国でも清盛一門およびその家臣団の横暴が罷り通る世の中となった。

この状況を打破すべく、後白河法皇は密かに平氏政権に対するクーデターを画策する。しかし、この計画は事前に平氏に察知されて失敗、後白河法皇は清盛の命で幽閉されてしまう。そこで立ち上がったのが以仁王であった。後白河法皇の息子である彼は、全国各地で雌伏する源氏の武者に平氏打倒を命じるとともに、自らも兵を募って陣頭に立った。その以仁王自身は早々に敗死してしまうものの、彼の命により諸国の源氏が反平氏抗争を開始した。特に、北陸で挙兵した木曾義仲は、破竹の勢いで都に進撃し、平氏勢力を都から敗走させる。

その義仲が平氏の勢力を都から追い出す以前のこと、平氏政権は東国で挙兵した源頼朝を討伐するために平維盛を総大将とする征討軍を派遣した。西国武士を動員した維盛の軍勢は、富士川の西岸に陣を張り、東国武士を結集して東岸に陣取る頼朝の軍勢と睨み合うことになる。

両軍が対峙する最中、西軍大将の維盛は、東国武士でありながら西軍に加わっていた斉藤別当実盛を召し出し、東国武士の力量や気質について尋ねる。冒頭に引用したのは、その諮問に答えた実盛の言葉だ。実盛は、西国武士の弱々しさと対比するかたちで東国武士の荒々しさを喧伝している。これを聞いた西国の武士たちは、「みなふるいわななきあへり」という様子であったという。

この富士川の合戦では、西国武士たちが水鳥の羽音に驚いて一目散に逃げ出すという大失態を演じる。富士川の畔で眠っていた多数の水鳥が夜中に一斉に羽ばたいた際、その羽音を東国の大軍が渡河する音だと思ってしまったというのである。東国出身の斉藤別当実盛から東国武士の荒々しい様子を聞かされていたことも、西国武士の恐怖心を大いに煽ったことであろう。

こうして西国武士を主戦力とする平氏政権は弱体化しはじめ、ついには木曾義仲の軍勢によって都を追われてしまう。だが、その義仲も、後白河法皇と反目し、法皇の命で追討されることになる。そして、西国に落ち延びた平氏勢力を壇ノ浦で滅ぼしたのは、鎌倉に本拠を置く源頼朝の勢力であった。

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