「大鏡」(作者不詳)

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大鏡 ビギナーズ・クラシックス 日本の古典 (角川ソフィア文庫) [kindle版]

190年を生きた古老の昔語り

平安京の西北郊外に雲林院という寺院があった。平安時代にはしばしばそこで菩提講という法会が行われ、多くの人を集めていたが、万寿2年(1025)の5月に催された雲林院菩提講も盛況で、貴賎を問わず大勢が参会したという。そして、その参会者の中には、殊更に長生きをしていそうな3人の老人の姿があった。190歳になるという大宅世継、それよりはやや若い180歳の夏山繁樹、そしてその妻である。

その彼らが、菩提講がはじまるまでの暇つぶしとして不意に昔話をはじめる。昔話とはいっても、お伽話のようなものではなく、人一倍長生きしている彼らが自分の眼で見てきたこの世の中の歴史を語りはじめたのである。主たる語り手は世継であり、他の二人は合いの手を入れる役に回った。また、3人の談義に興味を持った若い侍も、合いの手を入れる役割で昔語りの輪に加わるのであった。

このように演出に趣向を凝らした上で「大鏡」が語りだすのは、嘉承3年(850)に即位した文徳天皇(第55代)から長和5年(1016)に即位した後一条天皇(第68代)までの14代の天皇を中心とした皇室の動向、そして藤原冬嗣から藤原道長までの代々20人の藤原氏主軸を軸として生起した権力闘争である。それは平安時代政治史そのものであり、それゆえに、現代人は「大鏡」を歴史物語として扱うのである。

「大鏡」の目的は、ただ一つ、藤原道長という人物を褒めたたえることにある。このことは、冒頭の引用にもはっきりと示されている。

したがって、その道長について語る部分は、他の誰について語る部分よりも長く、「大鏡」全体の最末尾に置かれている。道長伝こそが「大鏡」の眼目であり、それ以外の人々の話題は道長伝のための前置きにすぎないのだ。

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