堀辰雄「風立ちぬ」

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絶対読むべき名作 風立ちぬ [kindle版]

死にゆく婚約者との最後の日々を描き、究極の純愛を歌い上げた感動作

「風立ちぬ、いざ生きめやも」
それは私たちが出会った晩夏の頃、白樺の木陰から立ち上がろうとするお前を無理に引き止めて、不意に私の口を衝いて出た詩句であった。・・・
三月。ある日、婚約者の節子の家を訪ねた私は、節子の父から相談を受ける。結核を患う彼女をどこかに転地療養させたいというのである。ただ父は節子を一人にするのが不安だという。そこで私は自分が付き添って行くと申し出る。節子は自分の病身ゆえに私に迷惑をかけてしまうことを気に病んでいた。しかし私にとっては、そんな彼女の弱さこそがいっそう彼女をいとおしいものにしているのであった。節子は、以前は病気が悪化しても何とも思わなかったのに、最近はめっきり気弱になってしまったと漏らした。それは私のお蔭で、急に生きたくなったからだと言うのだった。

サナトリウム行きの準備が進められた。節子は事前に院長の診断を受けるが、病状は思わしいものではなかった。しかし私と節子は、これから本当に生きられるだけ生きようと誓い合うのだった。

四月下旬のある薄曇った朝、私と節子は、まるで「蜜月の旅へでも出かけるように」山岳地方へと向かう汽車に乗り込んだ。

こうして私たちの風変わりな愛の生活が始まった。節子は安静を命じられていたので、ずっと寝たきりだった。私は節子にほとんど一日中付きっきりでいた。そこでの毎日は恐ろしく単調で、まるで時間から抜け出してしまったかのようだった。しかし私たちはそんな生活の中に、「いくぶん死の味のする生の幸福」を見いだしていった。

夏が過ぎ、九月初めの頃、節子の父が数日滞在することがあった。節子はその後急に容態を悪化させ、絶対安静の日が続いた。毎夜の看病に疲れた私はふと自分たちの幸福が脅かされがちなのを不安に感じることがあった。

ある晩、私は節子に、彼女のことを小説に書くつもりだと打ち明ける。私は今感じている幸福を、もう少し確実な形のあるものにしたかったのだ。節子は「私のことならどうでもお好きなようにお書きなさいな」と答える。そこで私は節子にある助力を頼む。それは、私の仕事の間、節子には頭から足の先まで幸福になって貰いたいということだった。

冬になると、節子の容態は日ごとに悪化していった。彼女は明け方になると決まって激しい発作を起こした。喀血をする日もあった。

死を目前にした二人の人間がお互いをどれだけ幸福にさせ合えるのかという主題が私をとらえて離さなかった。小説の創作ノートはほぼ私の意図どおりに書けているように思えた。しかし、一方で現実の自分が本当の物語の主題のとおりに幸福であるのかと不安になるのだった。

十二月五日。節子と二人きりでいると、ふと彼女は父の名を口走った。ぎくりとした私は、家へ帰りたいのだろうと尋ねる。すると節子は「ええ、なんだか帰りたくなっちゃったわ」とかすれた声で本音をもらした。しかしその後、彼女は健気にも、こんな気持ちはじきに直ると震えた声で言うのだった。

節子が死んで一年が経った頃、私は節子との思い出の詰まったK村の近くに小屋を借りて暮らしていた。村には小さな教会があった。ある日私は何を求めるわけでもなくその教会を訪ねた。そうして小屋に戻り、ベランダで腰をおろしていると私は急に節子の存在を感じるのだった。

私は未だに節子を静かに死なせておこうとはせずに、節子を求めてやまなかった。そして、そんな自分の女々しい心に後悔のようなものを感じながら、届いたばかりのリルケの「レクイエム」を読み耽るのであった。

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