大岡昇平「野火」

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野火(新潮文庫) [kindle版]

極限状態におけるカニバリズムという究極のテーマを扱った問題作

太平洋戦争中、私は敗色濃厚な戦況下のフィリピン、レイテ島に派兵された。肺病だった私は部隊にとって足手まといな存在であり、遂には追い出されてしまう。私は行くあてもなく以前収容されていた山中の病院に戻るが、重傷者で溢れ返っているその場所に肺病患者のためのベッドなどない。仕方なく私は病院の近辺で屯している同じような境遇の仲間らと一緒に夜を明かす。

翌朝、私は激しい砲声で眼を覚ました。米軍の組織的な攻撃によって、味方の部隊は雲散霧消し、私も一人、林の奥へと逃げのびる。

私は極度に飢えに苦しみながら半月ほどもさまようが、ある丘の上でフィリピン人の小屋を発見する。その家は無人で、庭には鶏が放し飼いにされ、多くの芋が栽培されていた。天の恵みとばかりに畑の芋を貪り食う。こうして私は夜は小屋で寝、昼は背後の林中で身を隠すという毎日を送るようになる。

小屋の立つ丘からは海岸の村が見下ろせたが、いつしかそこから僅かに見える村の教会の十字架が私の心をとらえて離さなくなっていた。十字架は日ましに私の中で輝き出し、遂には私に海岸の村へと降りていくことを決意させる。その村は完全に無人であった。私は目あての教会の中に入るが、そこで眼にしたものは徹底した略奪の痕跡と、その報復を受けた日本人敗残兵たちの腐りかけた死骸であった。

その後、私は疲れて教会の中で眠ってしまうが、ふと女の歌声で眼を覚ます。フィリピン人の男女が教会に入ってきたのである。女は私の姿を見ると、恐ろしい怒声を上げ、私は反射的に女を撃ち殺してしまう。男のほうは遁走し、私は村に留まることができなくなって、急いで丘の上の小屋に戻る。

丘に戻ると、私はそこで3人の日本兵に出会う。彼らによると、レイテ島上の日本兵は全員島の西北の突端にあるパロンポンに集合すべしという命令が下されているという。私は彼らに塩を分け与える代わりにパロンポンまで同行させてもらう。その道中、私たちと同じようにパロンポンを目指す多くの日本兵たちと合流する。その中には病院で一緒だった仲間の永松と安田もいた。

途中、米軍の待ち構える難所があった。日本兵たちは夜になるのを待って密かに横断を試みるが、米軍に見つかり一網打尽にされてしまう。命からがら逃げた私は、飢えに苦しみながら再び孤独な彷徨を続ける。そうして私はやがて1人の死にかけた日本人の将校に出会う。将校は死ぬ間際になって私に自分の体を食べてもよいと言い残す。逡巡した後、私は右手で剣を抜き、その肉を食べようとする。すると、その瞬間実に奇妙なことが起こる。私の左手が勝手に動き、剣を持った右手を掴んだのだった。

人肉を食べずにすんだ私は、何かに見られているという意識を持ちながら野をさまよう。遂に力尽きて行き倒れた私に銃口を向ける者がある。病院で一緒だった永松だった。私は命を救われる。永松は猿の肉と称する干し肉を私に食べさせてくれた。永松は仲間の安田とともに、近くに身を隠しながら、猿を狩って暮らしているという。私は猿という言葉に不信感を抱くが、後になって予期したとおり猿とは人間のことだったと判明する。

やがて永松は安田と仲間割れをして撃ち殺してしまう。そしてその死体を食用nするために切り分け始めた。その姿を見た私は発作的に永松を殺してしまうのだった。―ここで私の記憶は一切途切れる。気がつくと私は米軍の捕虜となっていたのである。

やがて終戦を迎え、私は東京郊外の精神病院に収容された。私のこの手記は、その病院の中で書かれたものである。

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