お白洲で「おなら」をする奉行(笑)

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桜奉行 幕末奈良を再生した男 川路聖謨

北方領土を守った男
 川路聖謨(としあきら)は、幕末に、ロシアと領土交渉を行い、北方領土を守った男である。
 その交渉の席で、ロシアのプチャーチンに随行した作家・ゴンチャロフをして、「……この人を尊敬しないではいられない」と言わしめた。交渉が長引くと、「突然、のろけるようですが、私の妻は江戸で一、二の美人と評判です」「ずっと留守にしていますから、心配なんですよ、妻が盗まれまいか」と、早く江戸に帰りたい、とプチャーチンを笑わせた。

 この本は、そういった、川路の武士からぬユニークさに触れて始まる。そして、大分・日田市の下級武士の家に生まれながら、出世街道を駆け上がっていた川路が、「左遷」と言われた奈良で、町も民心も廃れていた状況を立て直して行く。そのプロセスを彼が江戸に残した実母あてに書いた日記「寧府紀事」(寧府とは、奈良のこと)を元に、直木賞作家・出久根達郎の絶妙の筆で描かれて行く。
 

 家族で江戸から赴任。奈良の町、人心の様子を次第につかんで行った川路は、寺での博打の摘発に、二人の町衆を引き寄せ、大の酒好きの義父(川路は養子)を間につなぎをつけて情報をつかみ、巧みに計画を立てていく。現在の「ならまち」の江戸時代が目に浮かぶような描写も素晴らしい。
 その間に、渡辺崋山との交友など、幕末に活躍した人物たちとの交流も描かれていく。

 奉行所の「お白洲」で「おなら」をぶっ放し、「おなら奉行」のあだ名がついた川路に、五條の代官がこんな狂歌をよこした。
「評判も程も吉野の花に増して草木もなびく奈良のお奉行」
 これに返した川路の返歌が、
「屁のような御なら奉行になびくのは草木にあらず臭きなるべし」
 こんなシャレのわかる、さばけた武士が江戸時代にいたとは……しかも刀も槍も馬も一流である。

感想

現在、「奈良女子大」になっているところは、元「奈良奉行所」である。
その北側を流れる「佐保川」、春になると、100年先の奈良を思い、川路が植えたとされる桜が満開になる。川沿い5キロの両岸に1000本の桜が咲く名所は、川路の思いが花咲いている光景である。

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